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ブレイゾンとは|紋章記述の語順と文法
ブレイゾンとは|紋章記述の語順と文法
ブレイゾンは、紋章や旗の図柄を定義する正式な記述文であり、図そのものよりこの一文が本体になる。12世紀の古フランス語 blason にさかのぼり、英語には14世紀末までに入った語で、日本語ではブレイゾン、ブレイズンの揺れもある。
紋章学とは|西洋紋章の基礎を一から解説
紋章学とは|西洋紋章の基礎を一から解説
紋章学(ヘラルドリー)は、紋章を考案して記述する慣習と、紋章を整理分類して由来や意義を研究する学問という二面を持つ分野です。全身甲冑で顔が見えない騎士を12世紀の戦場で識別する必要から生まれたため、盾に描くこと、色を限定すること、文章で定義することまでが一つの体系として発達しました。
紋章の構成要素|盾・兜・サポーターの全体図
紋章の構成要素|盾・兜・サポーターの全体図
西洋紋章の完全な表示は、アチーブメント(大紋章)と呼ばれる積層構造である。盾を中心に兜、クレスト、マントリング、トルス、サポーター、モットーが上へ重なり、装飾がなくても盾だけで紋章は成立します。
イギリス国章 ライオンとユニコーンの意味
イギリス国章 ライオンとユニコーンの意味
イギリスの国章は、正式には Royal Coat of Arms と呼ばれる君主の権威の紋章で、2022年に即位したチャールズ3世のもとで用いられています。中央の盾、左右のサポーター、上部のクレスト、そしてモットーから成る複合紋章で、イングランド、スコットランド、アイルランドの象徴を一枚にまとめた意匠です。
龍の家紋|雨龍・龍の爪の意匠と使用家
龍の家紋|雨龍・龍の爪の意匠と使用家
龍紋は、中国で皇帝の象徴とされた神獣の龍をかたどった家紋であり、水や雨、稲妻を司る瑞祥として日本の武家にも受け入れられてきました。もっとも、格が高すぎるうえに姿も複雑なため、正式な家紋としては意外に少なく、墓石や古い着物で見かけても「龍」「雨龍」「龍の爪」「鱗」「龍胆」のどれなのか迷いやすい紋です。
メディチ家の紋章 6つの玉に隠された由来
メディチ家の紋章 6つの玉に隠された由来
メディチ家の紋章は、フィレンツェの街角や美術館で繰り返し目にする、金色の盾に赤い玉が並んだ意匠である。現行の形は赤5個と青1個の計6個からなり、青い玉の中には金のユリが3つ描かれる。まずはこの「赤い玉は何か」という素朴な疑問に、正面から向き合ってみましょう。
蝶紋とは|揚羽蝶の家紋と平家の関係
蝶紋とは|揚羽蝶の家紋と平家の関係
蝶紋は、蝶を図案化した日本の動物紋で、平清盛で知られる平家(平氏)一門の象徴として広く知られています。揚羽蝶という呼び名は、蝶が止まるときに羽を立てる姿に由来し、大河ドラマや平家物語の合戦描写で旗指物として目にした記憶が、その意味を確かめたくなる入口になるでしょう。
ドイツと双頭の鷲|神聖ローマ帝国の由来
ドイツと双頭の鷲|神聖ローマ帝国の由来
双頭の鷲は、神聖ローマ帝国の皇帝紋章として知られる意匠である。だが現代ドイツ連邦共和国の国章は1950年制定の単頭の黒鷲、つまり連邦の鷲であり、ここでまず多くの人が抱くイメージのズレが生まれる。双頭の鷲がどこから来て、いつ帝国の正式な紋章になったのかをたどると、話は962年成立の神聖ローマ帝国へと戻る。
沢瀉紋とは|勝ち草の家紋の意味と由来
沢瀉紋とは|勝ち草の家紋の意味と由来
沢瀉紋は、水田や用水路に自生する水草オモダカを図案化した植物紋で、柏・片喰・桐・鷹の羽・橘・蔦・藤・茗荷・木瓜と並ぶ十大家紋の一つです。大河ドラマや戦国ゲームで矢じりのような三枚葉の紋を見かけて、何の植物なのか気になった人には、まずこの紋がオモダカそのものを写した意匠だと押さえるとわかりやすいでしょう。
鷹の羽紋とは|並び鷹の羽の意味と由来
鷹の羽紋とは|並び鷹の羽の意味と由来
並び鷹の羽は、鷹の羽根を二枚縦に並べて表した家紋で、肥後の菊池氏が代表紋として用いた尚武紋です。鷹そのものではなく羽根で武を象徴するのは、鷹が勇猛さや高貴さの象徴であるうえ、羽が和弓の矢羽根の材料として重宝されたからで、武家に広く好まれました。
茗荷紋とは|抱き茗荷の意味と由来
茗荷紋とは|抱き茗荷の意味と由来
茗荷紋は、ショウガ科ショウガ属の多年草ミョウガの花穂を図案化した植物紋で、日本の十大紋の一つに数えられる家紋です。左右の花穂を内向きに抱き合わせた「抱き茗荷」がもっとも普及し、実家の墓石で見かけた紋の正体をたどると、まずこの形に行き当たるでしょう。
木瓜紋とは|五瓜に唐花の意味と由来
木瓜紋とは|五瓜に唐花の意味と由来
木瓜紋(もっこう)は、中央の唐花を外郭弁で囲む二重構造を持つ家紋で、十大家紋・五大紋にも数えられる普及度の高い紋です。名前は植物のボケと同じ字を使いますが、家紋としての由来は別で、唐代中国の有職文様「窠紋」に遡り、平安時代の御簾を飾る帽額の文様に使われたことが「もっこう」の呼び名につながりました。