紋章学とは|西洋紋章の基礎を一から解説
紋章学とは|西洋紋章の基礎を一から解説
紋章学(ヘラルドリー)は、紋章を考案して記述する慣習と、紋章を整理分類して由来や意義を研究する学問という二面を持つ分野です。全身甲冑で顔が見えない騎士を12世紀の戦場で識別する必要から生まれたため、盾に描くこと、色を限定すること、文章で定義することまでが一つの体系として発達しました。
紋章学(ヘラルドリー)は、紋章を考案して記述する慣習と、紋章を整理分類して由来や意義を研究する学問という二面を持つ分野です。
全身甲冑で顔が見えない騎士を12世紀の戦場で識別する必要から生まれたため、盾に描くこと、色を限定すること、文章で定義することまでが一つの体系として発達しました。
ゲームやファンタジー作品で盾の紋章を見たときに、なぜこの色使いなのか、なぜ動物がその向きなのかと気になった経験があるなら、その違和感はまさにこのルールの入口です。
家紋を知っている日本の読者なら、個人に帰属する多色の紋章と家紋の違いを手がかりに、西洋紋章の全体像をつかんでみてください。
紋章学(ヘラルドリー)とは何か
紋章学(ヘラルドリー)は、紋章を「どう描くか」だけでなく、「どう記述し、どう分類するか」まで含めた体系です。
辞書で初めて引いたとき、単なる装飾論ではなく、分類学に近い厳密さを持つのだと知って意外に感じました。
ファンタジー小説の家紋設定を見て、これは本物の紋章学のルールに沿っているのかと気になり、そこから紋章のしくみを追う読みに変わっていくこともあります。
紋章学の定義:慣習であり学問でもある
紋章学には二つの顔があります。
ひとつは、紋章を意匠考案し、紋章記述(ブレイゾン)によって形を定めていく慣習です。
もうひとつは、紋章を共通点と相違点で整理し、その意義や由来を研究する学問です。
図柄を集めるだけではなく、要素の組み合わせに意味があり、読み解くための規則がある。
そこが、紋章学をただの図案集にしない核心だと言えるでしょう。
紋章は12世紀の戦場で、全身甲冑の騎士どうしが顔を見分けられない状況から生まれました。
盾に描かれたシンボルが敵味方の識別を支え、やがて印章や儀礼にも広がっていく。
つまり紋章は、見栄えのための飾りではなく、識別と権威のための制度だったのです。
だからこそ、後世の研究でも形の美しさだけでなく、家系・身分・使用条件まで含めて扱う必要が出てきます。
ヘラルドリーという言葉の由来
英語の heraldry は、紋章を管理し伝達した職務者ヘラルド(herald/紋章官)に由来します。
語源がそのまま示すのは、紋章が個人の好みで自由に増えるものではなく、専門職が扱う制度だったという事実です。
紋章官が間に入ることで、誰がどの紋章を用いるのか、どの形が既存のものと重なるのかを確かめられました。
ここに、紋章学が絵画ではなく運用の学でもある理由があります。
ヘラルドの存在を押さえると、紋章が社会の中でどう機能したかが見えます。
ひとつの図案を勝手に名乗るのではなく、伝達され、記録され、照合される。
そうした手続きがあったからこそ、紋章は家や個人の識別記号として長く使われました。
言い換えれば、紋章学とは図柄の解説ではなく、図柄を制度として成立させる仕組みの研究でもあるのです。
旗章学(ベクシロロジー)との違い
紋章学は、旗の意匠を扱う旗章学(ベクシロロジー)と近い領域にあります。
どちらも色や図形の配置が意味を持ち、ブレイゾンという記述法を共有します。
ただし、同じ「記号のデザイン」を扱っていても、紋章学は家・個人・身分の標章に強く結びつき、旗章学は国旗や市旗のような共同体の象徴を主に扱う、という違いがあります。
近縁だからこそ、混同せずに分けて見ると理解が一気に締まるのです。
違いを比べると、焦点が見えやすくなります。
| 観点 | 紋章学 | 旗章学(ベクシロロジー) |
|---|---|---|
| 主な対象 | 紋章、家紋に近い標章 | 国旗、市旗などの旗 |
| 中心機能 | 個人・家・身分の識別 | 共同体・行政単位の象徴 |
| 記述法 | ブレイゾンを共有する | ブレイゾンを共有する |
| 読み方の軸 | 系譜、使用権、制度 | 公的象徴、掲揚、識別 |
本記事では西洋紋章を中心に扱いますが、枠組みとしては日本の家紋も視野に入ります。
権威やアイデンティティを視覚で表すという点では、家紋も同じ地平に置いて考えられるからです。
紋章学を入口にすると、単に西洋の古風な図柄を眺めるのではなく、社会が「誰をどう見分けるか」を長く設計してきたことまで見えてきます。
西洋紋章はなぜ生まれたか|12世紀の戦場と識別記号
紋章は、飾りとして先に生まれたのではなく、見分けるための実用品として12世紀の戦場から立ち上がった。
全身甲冑で顔が隠れ、声も届きにくい状況では、盾の図案が敵味方を判別する最短の手がかりになったからだ。
後に紋章学のルールと呼ばれるものも、突き詰めればこの識別の要請から整えられていく。
全身甲冑が生んだ『誰だか分からない』問題
全身の甲冑で身を包んだ騎士同士は、至近距離でも顔を見分けにくかった。
博物館で甲冑の実物や復元品を見ると、視界の狭さや、金属に遮られて声が通りにくい感覚が想像以上に強いと分かる。
そんな状態で隊列を保ち、味方を誤らずに動くには、遠くから一目で読める目印が必要だった。
だからこそ、盾は単なる防具ではなく、戦場での識別板になったのである。
中世の馬上槍試合を描いた絵画でも、観客は選手の顔ではなく盾の紋章で勝敗や所属を追っている。
見た目の装飾に見えて、実際には「誰がそこにいるか」を知らせる役目が先に立っていたのだ。
形式が先にあったのではない。
機能が先にあり、そこから紋章の輪郭が定まっていった。
盾に描かれた最初のシンボル
最初期の紋章は、盾に描かれたシンボルだった。
中世の騎士が必要としたのは、複雑な意匠ではなく、視線の届く範囲で瞬時に識別できる単純な印である。
ライオンや線分、色の対比が選ばれたのも、その方が遠目に強く残るからだ。
紋章を理解するうえで、ここを外してはならない。
この起源を押さえると、後に整えられる「盾を主役にする」「色を絞る」「記述で一意に定義する」というルールが、ぜんぶ視認性と取り違え防止のためだったと見えてくる。
つまり紋章は、絵画的な趣味ではなく、実用のために洗練された記号体系である。
たとえば色をむやみに増やさず、盾の上でどの図形がどう重なるかを厳密に決める発想も、戦場で迷わないための知恵だ。
理由はシンプル。
1135〜1155年、ヨーロッパ各地への広がり
1135年から1155年にかけて、紋章はイングランド・フランス・ドイツ・スペイン・イタリアで、印章(シール)の図案として採用されていった。
ひとつの宮廷やひとつの戦場に閉じた流行ではなく、欧州規模で同時多発的に広がった点が重要である。
個人の身元を示す必要が、武装した騎士社会と文書文化の両方で高まっていたのだろう。
さらに、実際に紋章の盾を描いた印章は12世紀末から13世紀初頭までに登場する。
ここで紋章は、戦場で一時的に使う目印から、文書を保証する恒久的な印へと性格を変えた。
見分けるための図案が、やがて家系や権威を示す記号として固定されていく。
識別という起源を知っていると、紋章がなぜ長く制度として残ったのかも、自然に理解できるではないだろうか。
西洋紋章を構成する7つの要素
紋章一式は、まず盾であるエスカッシャンを中心に考えると理解しやすいです。
図案はこの盾の上に描かれ、ほかの要素はその格式や立場を補足する周辺装飾として配置されます。
王室や大学の紋章を細かく見たとき、盾そのものよりも周囲の装飾に目が行きがちですが、中心はあくまで盾だと分かると全体の構造が一気に見えてきます。
盾(エスカッシャン)が紋章の主役
エスカッシャンは、紋章の最も重要な部分です。
図柄の意味はこの盾の面に集約されるため、ここを見ればその家や機関が何を名乗っているのかが分かります。
サポーターのライオンとユニコーンが何を支えているのかと疑問に思ったとき、その対象が実は盾、つまり紋章本体だったと気づくと、脇役に見えたものまで役割を持って立ち上がってきます。
盾は単なる土台ではありません。
紋章全体の意味を受け止める画面であり、色や図形の組み合わせによって由来や立場を語ります。
だからこそ、紋章を読むときは周辺の装飾からではなく、まず盾を確認するのが基本になります。
ここを押さえるだけで、紋章がただの飾りではないと見えてくるでしょう。
兜・クレスト・マント:盾の上の装飾
盾の上には兜が乗り、その上にクレストが置かれます。
クレストは兜飾りを指し、英語の crest という語もここから来ています。
兜から左右に垂れる布がマントで、これらは盾の上方に積み上がる装飾群として、紋章に立体感を与える要素だといえるでしょう。
王室や大学の紋章を初めて細かく観察すると、盾の上の兜飾りや脇の動物が、ただの装飾ではなく情報の塊に見えてきます。
兜は武装した身分や権威を思わせ、クレストは家や個人の識別を補強する。
マントもまた、動きや格を強調するために置かれているのであり、盾だけでは伝えきれない意味を上に重ねているのです。
サポーター・モットー・冠:身分を示す周辺要素
サポーターは盾を両脇から支える守護獣で、王侯や高位の者にのみ許されることが多い要素です。
下に置かれるモットーは、巻物(スクロール)に記される座右の銘や家訓で、ラテン語で書かれるのが一般的です。
最上部の冠は身分を示し、どこまで格式がある紋章なのかを視覚的に伝えます。
全要素がそろうのは高位の紋章で、一般には盾+クレスト+モットー程度が基本形です。
要素が増えるほど立派になるというより、どの層の権威を表しているかが読み取れる点が重要になります。
要素の多寡そのものが社会的地位を語る言語になっているからこそ、紋章は単なる図案ではなく、身分と由緒を可視化する体系になるのです。
紋章の色のルール|ティンクチャーとその法則
ティンクチャーとは、紋章で用いる色の体系であり、金属色・原色・毛皮模様の3グループに整理されます。
色数を無制限に増やさず、限られた色だけで構成する点が西洋紋章の核で、見分けやすさを守るための仕組みでもあります。
実際に紋章を眺めると、配色にははっきりした偏りがあり、そこにルールの存在が見えてきます。
金属色・原色・毛皮模様の3グループ
金属色はオーア(金、黄で代替可)とアージェント(銀、白で代替可)の2色です。
原色はアジュール(青)・ギュールズ(赤)・パーピュア(紫)・ヴァート(緑)・セーベル(黒)の5色です。
紋章を読むときは、日本語訳と一緒に覚えると整理しやすくなります。
これらを分けて捉えると、単なる「色名の暗記」ではなく、図柄をどう見せるかという設計思想が見えてきます。
| グループ | 名称 | 日本語での意味 |
|---|---|---|
| 金属色 | オーア / アージェント | 金 / 銀 |
| 原色 | アジュール / ギュールズ / パーピュア / ヴァート / セーベル | 青 / 赤 / 紫 / 緑 / 黒 |
| 毛皮模様 | アーミン / ヴェア | 白テンの毛皮 / リスの毛皮 |
この整理が重要なのは、紋章が装飾画ではなく識別の道具だからです。
色を増やしすぎると、遠目では何が描かれているか分かりにくくなります。
赤の盾に緑の獣を見かけることがほとんどないのも、見映えより判読性を優先する発想が働いているからだと体感しました。
ティンクチャーの法則:なぜ金属に金属を重ねないか
ティンクチャーの法則は、「金属の上に金属、原色の上に原色を重ねない」という原則です。
盾や旗は遠くから見られる前提があるため、同系統どうしを重ねると輪郭が沈み、図柄が埋もれてしまいます。
つまり、この法則は美的な好みではなく、視認性を守るための実用規範であるわけです。
ℹ️ Note
架空の紋章を描いたとき、金地に銀の図案を置くとほとんど目立たず、なぜ禁則があるのかを身をもって理解しました。金と銀はどちらも明るく、近づけば区別できても、少し離れるだけで輪郭が消えやすいのです。
この感覚は、実在の紋章で赤の盾に緑の獣をほとんど見ないことともつながります。
遠目での判別を第一に考えるなら、明るい色と暗い色、または金属と原色をはっきり対比させるほうが合理的です。
ルールは硬く見えて、実は「一目で見分ける」ための最短距離なのです。
毛皮模様という例外的な扱い
毛皮模様はアーミン(白テンの毛皮)とヴェア(リスの毛皮)が代表で、金属色と原色の組み合わせから成りますが、紋章学上は1色として扱われます。
見た目には複数の色が使われていても、分類上は例外的にまとめて数える点が面白いところです。
単純な色分けだけでは処理できない歴史的な層が、ここに残っています。
この扱いが特別なのは、毛皮模様が「色そのもの」よりも「模様としてのまとまり」を優先しているからです。
アーミンやヴェアは、細かな反復によって強い存在感を持ち、単色にはない視覚効果を生みます。
だからこそ、金属色や原色と同じ棚に並べて数えるのではなく、ひとつのティンクチャーとして独立して扱う必要があるのです。
盾の上に何を置くか|オーディナリーズとチャージ
盾の上に置かれるものは、大きく分けて、盾そのものを割る基本図形と、その上に載る図象の二層で考えると整理しやすいです。
オーディナリーズが骨格をつくり、チャージが意味や個性を与えるため、まずこの分け方を押さえるだけで紋章の見方が一段変わります。
見比べていくと、無秩序に見えた図案にきちんとした文法があると分かるでしょう。
盾を分ける基本図形
オーディナリーズは、盾を横断して大づかみに構図を切り分ける基本図形です。
ペイルは縦帯、フェスは横帯、ベンドは斜帯、チーフは上辺帯で、シェブロンは山形、クロスは十字、サルタイアはX字をつくります。
どれも単なる飾りではなく、盾の面をどう分割するかを先に決める役目を持つため、最初にこの骨格が見えると全体の読み取りがぐっと楽になるのです。
とくにフェスとシェブロンは、形を具体的に押さえると覚えやすい。
フェスは盾の中央を左右の端まで水平に走る帯で、シェブロンは盾の中程を左右にわたる逆V字です。
複数の紋章を並べて見ると、横帯や斜帯といった同じ骨格が何度も現れ、ゲームの紋章エディタで斜め帯を一本入れただけで急に「それらしく」なる感覚にもつながります。
まさに、ここに文法があるのです。
ライオン・鷲などのチャージ
オーディナリーズが盾の割り方だとすれば、チャージはその上に置かれる図象全般を指します。
ライオン、鷲、星、花のように、モチーフとして認識できるものがここに入るため、同じ盾でも何を載せるかで印象は大きく変わります。
基本図形だけだと抽象的な構造にとどまりますが、チャージが加わることで、家や集団の個性が読み取れるようになるわけです。
この二層構造が重要なのは、紋章が「形」と「意味」を分けて設計されているからです。
まず盾を分割するルールがあり、その上でどの図象をどこに置くかが決まる。
構図の土台と主題を別々に考えると、図案が急に整理されるでしょう。
複雑に見える紋章ほど、実際にはこの単純な組み合わせでできています。
配置の組み合わせで無数の紋章が生まれる
限られた色、限られた図形、限られた図象しか使わなくても、分割の仕方と配置の順序を変えるだけで、紋章の種類は驚くほど増えます。
ペイルに星を置くのか、フェスの上に獣を載せるのか、シェブロンで面を割ってから別の図象を重ねるのかで、見た目も意味も別物になる。
制約があるからこそ、逆に一意性が保たれる設計思想だと言えるでしょう。
この感覚は、実物を見比べるとすぐに腑に落ちます。
どれも似た素材なのに、どこを分け、どこへ置くかで印象が変わるからです。
紋章は自由に描く絵ではなく、少ない記号で識別性を高める仕組みである。
そこが面白い。
そう考えると、オーディナリーズとチャージの区別は、見分けるための知識であると同時に、作る側の発想法でもあります。
紋章を定義する言葉|ブレイゾン
ブレイゾンは、紋章や旗の図柄を正式に言い表す文章であり、紋章学と旗章学で最も頻繁に使われる手続きです。
ここでは絵が主役ではなく、まず言葉が定義を担います。
二人の絵師が同じ紋章を描いて細部が違っても同じ紋章と扱われるのは、この文章記述が先にあるからです。
紋章は『絵』ではなく『言葉』で決まる
紋章を紋章たらしめるのは、盾や図案の見た目そのものではありません。
ブレイゾンという記述が正で、絵はそれに従って立ち上がる従である、この主従関係が西洋紋章の核です。
同じライオンでも、爪の向きや配置のわずかな違いがあってよいのは、定義が絵ではなく言葉に置かれているからでしょう。
最初にこの感覚をつかむと、紋章が「絵の鑑賞」ではなく「文の読解」になるとわかります。
なぜ用語はフランス語なのか
イギリスの紋章学用語には、ティンクチャーやオーディナリーズのようにフランス語起源のものが多いです。
理由は、役人が書類をフランス語で記した時代に紋章学が発達したからで、用語の層にその歴史がそのまま残っています。
単語の響きがどこか異国的に感じられるのは偶然ではない。
制度が育った言語環境をそのまま引きずっているのです。
形容詞を後ろに置く独特の語順
ブレイゾンはフランス語の語順に基づくため、形容詞を名詞の後ろに置く習慣があります。
初めて実際のブレイゾン文を読むと、この並び順に戸惑いやすいものです。
ただ、その癖を押さえるだけで文の骨格が見え、何が主語で何が修飾かを追いやすくなります。
難解に見える記述文も、語順を手がかりに分解してみてください。
そこに、紋章学を読む面白さがあります。
日本の家紋と西洋紋章はどう違うか
家紋と西洋紋章は、どちらも「家や身分を示す印」ですが、仕組みはかなり違います。
西洋紋章は個人に帰属し、同じ国内で同じ紋章は原則ひとつだけです。
家紋は家単位で受け継がれ、別系統が同じ図案を使うこともあります。
個人のものか、家のものか
西洋紋章は、まず個人の所有物として考えるとわかりやすいです。
家そのものに固定されるというより、その人の権威や立場を表す印で、父の死で家系と紋章が長男に渡るまでは、長男でもラベルなどの小さな差を加えて見分けることがあります。
細部まで管理されるのは、紋章が単なる飾りではなく、誰の系統に属するかを示す実務的な記号だからでしょう。
家紋のほうは家単位で受け継がれるため、同じ図案が別の系統に見られることもあり、所有の感覚がもっとゆるやかです。
ℹ️ Note
自分の家の家紋を調べたとき、由来も登録機関もはっきりしない自由さに驚きました。西洋紋章の厳格さと比べると、どちらが秩序的かというより、文化が印に何を求めたかの違いが見えてきます。
鮮やかな色か、単色か
西洋紋章は、鮮やかな色で猛々しい動物を描き、色の使い方にも細かなルールがあります。
視覚の強さで権威を示す設計であり、ひと目で勢力や格式を伝えるための図像だと言えます。
これに対して家紋は、基本が白黒の単色で、植物や器物を簡潔に抽象化した図案が多いです。
私が西洋の紋章と家紋を並べて見たときも、片や多色で動物が躍動し、片や白黒で植物が静かに収まる対照に、文化の違いをはっきり感じました。
| 観点 | 西洋紋章 | 家紋 |
|---|---|---|
| 色 | 鮮やかな色を使う | 基本は白黒の単色 |
| 図柄 | 猛々しい動物などが多い | 植物や幾何学の簡潔な図案が多い |
| ルール | 色や配置に厳密な決まりがある | 比較的自由で簡素 |
| 印象 | 権威的で劇的 | 静かで抑制的 |
この差は、装飾の好みだけではありません。
西洋紋章は見せること自体が役割で、家紋は日用品や衣服にも載せやすい実用性が前面に出ています。
だからこそ、同じ「家のしるし」でも、前者は儀礼の場に、後者は暮らしの中に自然に溶け込んだのです。
誰が使えたか・誰が管理するか
西洋紋章は、もともと貴族にのみ許された権威の象徴でした。
誰でも自由に持てる印ではなく、使える人が限られていたからこそ、ひとつの紋章が持つ重みも大きくなります。
現在も古来の紋章制度を維持し、新規付与を管理するのは事実上イギリスのみです。
制度として残っている点が、西洋紋章の歴史の長さをそのまま示しています。
家紋は対照的に、階層を問わず広く用いられた日本独自の文化です。
庶民も自分の紋を持てたため、身分の記号というより、家のまとまりや暮らしの美意識を映す印になりました。
管理機関がなく自由度が高いぶん、由来の記録が曖昧でも使い続けられるし、そこに日本らしい柔らかさが表れます。
次章の紋章院の話は、この厳格な管理のあり方をさらに具体的に見せてくれるでしょう。
紋章は誰が管理するのか|紋章院
紋章院は、1484年3月2日付の勅許状でリチャード3世が王立紋章官を法人化して設立した、イングランドの紋章管理機関です。
国家が紋章を公認し、制度として扱ってきたことがここではっきり見えます。
しかも今も新しい紋章の付与、系譜研究、血統の記録を担っており、過去の遺物ではありません。
紋章を古い儀礼だと思っていた認識が、ここで更新されるのです。
1484年、リチャード3世が設立
イングランドの紋章院は、リチャード3世が1484年3月2日付の勅許状で王立紋章官を法人化して設立しました。
設立年月日が明確であることは、紋章が曖昧な慣習ではなく、王権のもとで制度化された管理対象だったことを示します。
王冠に代わって紋章事項を扱う仕組みが、この時点で公的な輪郭を持ったわけです。
この成立年を押さえると、紋章が単なる家の飾りではないとわかります。
誰が名乗るか、どの系譜につながるか、どの紋章を付与するかを整理するには、権限の所在が必要でした。
だからこそ勅許状による法人化が意味を持ったのでしょう。
紋章官(ヘラルド)の階層構成
紋章院は3人の紋章官の王(Kings of Arms)、6人のヘラルド、4人の下級紋章官(Pursuivants)から成ります。
合計13人という規模は小さいですが、役職が細かく分かれた専門職組織であることを示しています。
中世的な名称がそのまま残り、しかも実務に使われている点が印象的です。
イギリスの公的機関のサイトでこの役職名を見たとき、制度の連続性に歴史の厚みを感じました。
古風な呼び名が保存されているだけではなく、序列そのものが仕事の分担になっているからです。
新規の紋章付与や記録整理を、こうした階層が支えていると考えると、仕組みはずっと立体的に見えてきます。
今も生きている紋章制度
紋章院の管轄は、イングランド、ウェールズ、北アイルランド、および一部の英連邦領域に及びます。
扱うのは紋章の付与だけではなく、系譜研究と血統の記録でもあります。
つまり、図柄の承認から家の来歴の整理まで、王冠の名のもとで続く制度運用そのものを担っているのです。
戦前まで欧州各国には紋章を監督する組織がありましたが、今も古来の制度を維持しているのは事実上イギリスのみです。
ここに、紋章が博物館の遺物ではなく、今日も動いている制度だという答えがあります。
新しい紋章が今も発行される事実を知ると、過去の象徴だと思っていたものが現在進行形の文化に変わります。
次は、どの紋章がどう認められていくのかを見てみましょう。
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