西洋紋章学入門

紋章の構成要素|盾・兜・サポーターの全体図

更新: 編集部
西洋紋章学入門

紋章の構成要素|盾・兜・サポーターの全体図

西洋紋章の完全な表示は、アチーブメント(大紋章)と呼ばれる積層構造である。盾を中心に兜、クレスト、マントリング、トルス、サポーター、モットーが上へ重なり、装飾がなくても盾だけで紋章は成立します。

西洋紋章の完全な表示は、アチーブメント(大紋章)と呼ばれる積層構造である。
盾を中心に兜、クレスト、マントリング、トルス、サポーター、モットーが上へ重なり、装飾がなくても盾だけで紋章は成立します。

国章や王家の紋章を初めて1枚ずつ分解すると、ただの絵に見えていた装飾の一つひとつに位置と意味のルールがあるとわかります。
兜の向きと素材、さらには格子の有無まで階級を読む手がかりになり、君主と貴族、ナイトや准男爵の差が見えてくるのです。
こうした読み方を知ると、紋章は飾りではなく読める記号になるでしょう。

日本の家紋は単一図形で完結するのに対し、西洋紋章は盾を核に要素が積み上がる点で対照的です。
『完全な紋章=アチーブメント』を上から下へほどいていけば、その違いははっきり見えてきます。
東西の紋章を同じ紋章学の軸で比べると、見え方がぐっと整理されます。

完全な紋章(アチーブメント)とは|大紋章と小紋章の違い

アチーブメントとは、西洋紋章の完成形を指す呼び方で、盾を中心に兜やクレスト、マントリング、トルス、サポーター、モットー、冠までが重なった表示です。
盾だけを示す小紋章とは別物に見えますが、実際には同じ紋章体系の中で装飾の有無が違うだけで、まず本体があり、その上に権威や階級を示す要素が載る、と考えると整理しやすくなります。
ここを最初に押さえると、以降のパーツ解説は「何が必須で、何が加点なのか」を読む章になります。

アチーブメント=『大紋章』という完成形

アチーブメントは日本語では『大紋章』と呼ぶのがわかりやすく、盾を中心に最大7種の要素が積み上がる完成形です。
図柄の核はあくまで盾であり、そこに兜、クレスト、マントリング、トルス、サポーター、モットー、冠が加わることで、持ち主の格式や家格が視覚化されます。
完成形を一枚で見ると、個別パーツの名前がどこに載るのかが一気に腑に落ちるはずです。

この見方が大切なのは、紋章を「飾りの多いものほど本物」と誤解しなくて済むからです。
実際には、装飾は権威や階級を示す付帯要素であって、紋章そのものの成立条件ではありません。
だからこそ、王家の大紋章を見たあとに市民の簡素な紋章を見ても、格下げされた印象ではなく、必要十分な形で成立していると読めます。

盾だけでも紋章は成立する

盾、つまりエスカッシャンは紋章の本体で、面に描かれる図案そのものがコート・オブ・アームズです。
標準形はアイロンの底に似たヒーター型で、未婚女性や寡婦には菱形のロゼンジが使われる慣習もあります。
つまり、盾の形や置き方だけでも身分や人物像を読み取れるので、ここが抜けると全体の意味が崩れます。

装飾要素は必須ではないので、盾だけの表示も小紋章として十分に成立します。
ここで覚えておきたいのは、サポーターや冠が付いていないから未完成なのではなく、むしろ最小構成で完結しているということです。
個別パーツの記事を先に読んでいた人ほど、この段階で「あの単語はここに乗るのか」と見取り図がつながるでしょう。

ℹ️ Note

盾だけの紋章と、サポーターまで揃った大紋章を並べると、装飾の量がそのまま権威の量に見えてきます。市民の紋章は簡潔で、王家の大紋章は層が厚い。違いは優劣というより、表現できる格式の幅にあります。

下から上へ:コンパートメント→盾→兜→クレストの積層

紋章の配置は下から上へ追うと理解しやすく、まずコンパートメントがあり、その上に盾、さらに兜、トルス、クレストが重なります。
左右にはサポーター、上下にはモットーが添い、冠が加わる場合は盾の上に階級標識として載ります。
地図を先に置いてから部品を見ると、兜の向きやトルスのねじれがどこに効いているのか、迷わず追えるでしょう。

この積層が重要なのは、上に行くほど「何者か」を補足する情報が増えるからです。
盾は家の核、兜は持ち主の身分、クレストは兜飾り、サポーターは高位者の特権、モットーは家の標語という役割分担になっています。
各要素の深掘りは個別記事へ送るのがこのハブの役目であり、まずは全体の骨組みを見てから細部へ進むのがおすすめです。

盾(エスカッシャン)|紋章の心臓部とその形

盾(エスカッシャン)は紋章の中心であり、ほかの要素はこの面を飾るために積み上がっていきます。
盾の上に兜やクレストが重なると華やかに見えますが、意味の核は盾の図案にあります。
だからこそ、まず盾の形を読むだけで、その紋章が誰を示し、どの場面で使われたのかが見えてくるのです。

盾は紋章の『本体』=コート・オブ・アームズ

西洋紋章の完全な表示はアチーブメント(大紋章)と呼ばれ、盾を土台に兜、クレスト、マントリング、トルス、サポーター、モットーが積み上がります。
その中心にあるのが盾、つまりエスカッシャンです。
盾の面に描かれる図案こそがコート・オブ・アームズで、言い換えると「紋章」と聞いて多くの人が思い浮かべる核心部分はここにあります。
装飾が増えるほど立派に見えるのは確かですが、主役はあくまで盾である、という主従関係を押さえると全体像が崩れません。

盾だけの表示は小紋章と呼ばれ、必ずしも兜やサポーターを伴う必要はありません。
むしろ、持ち主の身分や用途によっては盾単体で十分な場合もあるのです。
ここを理解しておくと、豪華な大紋章と簡潔な小紋章を同じ尺度で見比べてしまう誤解を避けられます。
紋章は飾りの集合ではなく、盾を中心に意味が組み上がる体系だと考えると分かりやすいでしょう。

ヒーター型・楕円型・菱形:形が示す持ち主

標準形としてよく目にするのは、アイロンの底に似たヒーター型の盾です。
ところが、時代や地域が変わると楕円型や異形も使われ、見た目の印象はかなり揺れます。
初めて丸い盾や菱形の紋章を見たとき、形が違うのは作り手の腕が足りないからではないか、と早合点していました。
資料を追ううちに、その印象は逆転します。
形は好みではなく、持ち主や用途を示す手がかりなのです。

とくに未婚女性や寡婦の紋章は、盾ではなく菱形のロゼンジで描く慣習があります。
ここでは図案の美しさよりも、形そのものが性別や立場を表すコードとして働いています。
同じ家の紋章が、図案はそのままで盾の輪郭だけを変えていく資料を見比べると、器は流行で変わり、内容は連続しているのだと実感します。
ポイントは形の差を「誤差」ではなく「情報」として読むことです。

主な使い方読み取れる意味
ヒーター型標準的な盾形最も基本的な表示
楕円型時代・地域差のある表示形式の変化や趣味の反映
菱形(ロゼンジ)未婚女性・寡婦性別・立場のコード

盾の中の図案がブレイゾン(記述)の主役

盾の外形を押さえたら、次は中身です。
色、図案、分割の読み方はブレイゾンという記述ルールで言語化されますが、本記事が扱うのはその前段、つまり盾がどういう器として立ち上がるかという部分です。
形を読めるようになると、なぜ同じ家の紋章が地域ごとに少し違って見えるのか、なぜ一部だけが変化しても同一系統と分かるのかが腑に落ちます。
外側は歴史や身分を映す枠、内側は家の物語を表す内容だと切り分けると整理しやすいでしょう。

もちろん、ブレイゾンそのものが不要という意味ではありません。
むしろ盾の形を見分けたうえで中身を読むと、コート・オブ・アームズ全体の理解が一段深まります。
ここではまず器としての盾を確実に押さえ、色と図案の読み解きは別の段階で扱いましょう。
そうすることで、紋章は「何が描かれているか」だけでなく、「どんな形の器に載っているか」まで含めて読めるようになります。

兜(ヘルム)とクレスト|頂を飾る2つの要素

兜(ヘルム)とクレストは、紋章の頂部を形づくる別々の要素だが、役割を混同すると絵がたちまち不自然になります。
兜は盾の真上に接して置き、クレストはその上に立たせる。
まずこの上下関係を押さえるだけで、紋章全体の説得力が変わるのです。

兜(ヘルム)は盾の真上に接して乗る

兜は盾から浮かせて描くものではありません。
盾の上端にぴたりと接し、そこから上の装飾へ視線をつなぐのが基本で、ここを外すと初心者っぽさが出てしまいます。
実際、盾の上に小さく宙づりのような兜が載ったイラストを見ると、そこだけ重心が抜け落ちた印象になり、紋章としての密度が下がって見えるのです。

この接地ルールが効くのは、兜が単なる飾りではなく、盾と同じく「防具の延長」として理解されているからです。
だからこそ、盾・兜・上部装飾は一つながりの構造として読む必要がある。
見た目の正しさだけでなく、由来の筋道まで揃うため、本物らしさが生まれます。

クレスト=兜飾り:頂に立つ立体の象徴

クレストは兜の頂に立てる立体的な飾りで、盾の図案とは別のモチーフが載ることが多いです。
もとは馬上槍試合で味方を識別するため、兜の上に目立つ装飾を付けたのが起源で、遠目にも判別しやすいことが重視されました。
盾が家や一族の基本図案だとすれば、クレストはその上で個性を強く押し出す部分だと考えるとでしょう。

文具や紋章入りグッズで、クレストだけが切り離されて使われているのを見たとき、なぜ盾ではなく兜飾りが単独で流通するのか不思議に思ったことがあります。
けれども、実物に近い造形ほどクレストは視認性が高く、単体でも「家の印らしさ」を帯びやすい。
そこが、crest が独立した記号として生き残った理由ではないでしょうか。

トルス(捻り環)が兜とクレストをつなぐ

兜とクレストの継ぎ目を隠すのがトルスです。
布を捻ったような輪で、単に装飾を増やすためではなく、上部のつなぎ目を自然に見せるために置かれます。
クレストはこのトルスの上に立つので、頂部は「兜→トルス→クレスト」という一続きのセットとして覚えると迷いません。

この3点が揃うと、紋章の頂部は急に安定します。
逆にどれかが欠けると、頂に載るべきものが宙に浮いたり、接合部が露出したりして、全体の完成度が下がるのです。
そうした違和感は、実物の構造を知らないまま描いたときに出やすく、比較するとすぐ見えてきます。
兜が浮いた図案と、接して描かれた図案を見比べると、接地ルールの有無で本物らしさがまるで変わる。
そこが見どころです。

日本の家紋が英語で Family crest と訳されるのも、この crest を家の象徴として独立利用する発想とつながっています。
盾の図案だけでなく、頂に立つ兜飾りまで「家を表すしるし」として扱う感覚が、東西の表現を橋渡ししているわけです。
次の比較では、この発想の違いがさらに見えてくるでしょう。

兜の向きと素材で読む階級|紋章の隠れたコード

兜の向き、素材、格子は、紋章の装飾ではなく持ち主の格を読み取らせるための符号です。
英国式ではこの三要素の組み合わせで階級が見え、正面を向く金の兜は君主、横向きの銀の兜は貴族を示します。
見慣れた王家の紋章が、向きと材質を知った瞬間に情報の塊へ変わるのは、そのためです。

向き:正面(アフロンテ)ほど高位、横向きは下位

兜の向きは、まず目に入る序列の手がかりです。
正面を向くアフロンテは高位、横向きのプロファイルは下位という読み分けがあり、面頬の開閉まで含めて一つの記号になります。
英国式では、ナイトや准男爵は鋼で正面向き、面頬を開いた兜を用い、エスクワイアやジェントルマンは鋼で横向き、面頬を閉じた兜を用います。
向きだけでなく開閉の状態まで見れば、4段階の差が立ち上がるのです。

この見方を知る前は、兜は単なる意匠に見えました。
けれども、向きが変わるだけで「誰が前に出る家か」「誰が控える家か」が伝わるとわかると、紋章全体の設計思想がはっきりします。
イギリスとフランスの紋章を並べると描き方の癖がずいぶん違い、国ごとにコード体系が異なるのだと実感します。
安易に一律ルールだと思い込んでいた自分には、かなりの思い違いだったと気づかされました。

素材:金>銀=鋼で格を示す英国式

素材の序列は、金が最上位で、銀と鋼がその下に並びます。
英国式では、君主の兜は金で正面向き、貴族の兜は銀で横向き、金の格子を通例5本入れます。
鋼はさらに下位の帯域に置かれ、同じ兜でも材質が変わるだけで、持ち主の立場が読み替えられる仕組みです。
素材は見た目の豪華さではなく、紋章の文法そのものなのです。

ここで面白いのは、金属の高級感を競っているのではない点です。
むしろ、ひと目で区別できる差を作り、家格を誤読させないために素材が使われています。
王家の紋章の金色の兜を、理由を知らずに眺めていた時にはただ華やかに見えるだけでした。
けれど、正面を向く金の兜が君主を示すと知ると、同じ絵が急に情報量の多い図像になります。
紋章は飾りではなく、秩序を見せる装置だとわかるでしょう。

階級素材向き面頬
君主正面格子付き
貴族(ピア)横向き金の格子(通例5本)
ナイト/准男爵正面開く
エスクワイア/ジェントルマン横向き閉じる

格子(バー)の本数とフランス式の細分化

格子、つまりバーの有無と本数も、階級を示す大きなコードです。
英国式では金の格子が貴族の目印になり、同じ兜でもどれだけ開かれているかで印象が変わります。
さらにフランス式になると細分化が進み、グリル本数が11本、9本、7本……と変わって、公爵、伯爵、男爵を分けます。
国によって体系が違うため、兜の読み方をそのまま一般法則だと思わない姿勢が要るのです。

ℹ️ Note

兜による階級表示が定着したのは1615年ごろ、スチュアート朝期の比較的新しい慣習です。中世から続く古層のしきたりとして断定すると外しやすく、成立時期を意識して読むほうが紋章史の見通しはよくなります。

この時期を押さえておくと、紋章が昔から不変だったわけではないと理解できます。
むしろ、王権や貴族制をどう可視化するかが整えられていく中で、兜の向きや格子が洗練されていったと見るほうが自然です。
フランス式のように本数でさらに刻む体系を見比べると、同じ「兜の意匠」でも表現したい秩序がかなり違うとわかるはずです。

マントリングとトルス|兜から流れる布の意匠

マントリングとトルスは、兜の上を飾るだけの要素ではなく、紋章全体の配色と格式をひと目で伝える役目を担っています。
とくにマントリングは十字軍の騎士が兜にかけた布に起源があり、強い日差しよけや汗止めという実用品が、のちに左右へ流れ落ちる装飾へと変わりました。
見た目の華やかさの奥に、実用から意匠へ移る過程がはっきり残っているのです。

マントリングの起源は十字軍の頭巾

マントリングとは、兜の左右から布が裂けるように垂れ下がる装飾で、もとは十字軍の騎士が兜にかけた頭巾や布でした。
日除けと汗止めのために使われたものが、戦場や儀礼の場で風に煽られて裂け、やがて意匠として誇張されたと考えると、形の意味がよく見えてきます。
単なるひらひらした飾りに見えていたものが、実用品の延長線上にあると知ると、紋章学はかなり立体的になります。

実際にその成り立ちを追うと、装飾の理由が理解しやすいです。
頭部を守る兜に布を重ねれば、熱を避けやすく、汗も直接流れにくい。
そこから外観を整えるために、布端が切れ込みを持ち、さらに長く、さらに華やかになっていった流れは自然でしょう。
私はこの由来を意識してから、マントリングのひらひらをただの飾りとして見られなくなりました。
機能が先にあり、その上に様式が乗る。
紋章の多くは、その順序でできているのです。

トルス(リース):金属色と原色を交互6回

トルス(リース)は、兜とクレストの継ぎ目に巻く捻り環で、英国式では金属色と原色を交互に6回ねじって描きます。
最初のひねりは盾右側、向かって左が金属色から始まるので、描き方にも一定の順序があるわけです。
ここは見落とされやすいのですが、トルスは単なる輪ではなく、クレストを兜から自然につなぐための「接合部」として働いています。

この形式が大切なのは、色の並びそのものが紋章の構成を示すからです。
金属色と原色を交互に置くことで、遠目にもコントラストが立ち、どの家の紋章かを読み取りやすくなる。
しかも、マントリングとトルスが同じ色調でそろうと、兜の上部全体がひとつのまとまりとして見えます。
トルスの色が盾の主要色と一致していることに気づくと、紋章全体が1つの配色ルールで貫かれていると実感できます。
おすすめです、こういう視点で見るのは。

配色ルール:表は色・裏は金属

マントリングの配色ルールは明快で、表に紋章の主要色、裏地に主要金属色を配します。
外から見える面に色を置き、内側に金属色を忍ばせることで、盾の図柄との対応が保たれ、兜の上だけが浮いて見えることを避けられるのです。
トルスとマントリングを同系統でまとめる慣習も、この「金属+色」の秩序を頭上で要約していると考えると納得しやすいでしょう。

後期になるほど、布の切れ込みやタッセルが増えて装飾性が高まっていきます。
ここには、実用品としての簡潔さよりも、家格や趣味を示す見せ方が前に出た変化があるはずです。
とはいえ、派手になるほどルールが失われたわけではありません。
むしろ配色はより意識され、表と裏、色と金属、盾と兜の関係がいっそう鮮明になります。
紋章を見るときは、図形だけでなくその周囲の布にも目を向けてみてください。
そこに全体の設計思想が表れます。

サポーター・コンパートメント・モットー|盾を支え言葉を添える

サポーター、コンパートメント、モットーは、盾の周囲に置かれる外周要素として紋章の格をはっきり示します。
なかでもサポーターは両脇に立つ獅子やユニコーンの像で、ただ飾るだけでなく、誰にその紋章が許されるかを見せる記号です。
コンパートメントはその足場、モットーは言葉で家の姿勢を添える部分であり、外縁を見れば身分と流儀が読めるのです。

サポーター:盾を支える獅子・ユニコーン

サポーターは、盾の両脇に立ってその面を支える獅子やユニコーン等の像です。
国章で動物が当たり前のように立っているのを見慣れていると見落としがちですが、実際には高位者にのみ許される特権的要素で、ある国章にあるかないか自体が身分のサインになります。
だからこそ、左右に何を従えるかは単なる装飾ではなく、盾の主がどの位置にある人物なのかを静かに告げる仕組みだと言えるでしょう。

その意味を知ると、サポーターの有無は見た目のにぎやかさではなく、制度の差として読めるようになります。
動物が盾の両脇で踏みとどまっている姿は、権威を視覚化したものです。

コンパートメント:サポーターが立つ台座

コンパートメントは、サポーターが立つ土台で、芝山や巻物、岩などとして描かれます。
宙に浮いた獅子やユニコーンでは図として落ち着かないため、まず足元を与える必要がある、という発想がここにあります。
しかもこの部分は最下層の構成要素にあたり、盾の中身よりも低い位置で全体の重心を支える役目を負っています。

見た目は小さくても、ここがあることで紋章は「立っている」形になるのです。
サポーターと一体で見れば、土台・支柱・盾が順に積み上がる構造がわかり、紋章が単なる図案ではなく、階層を持つ設計物だと理解しやすくなります。

モットー:足元または頂に置く標語

モットーは、標語や家訓を記した巻物、つまりリボンの言葉です。
多くはラテン語で書かれ、短い句の中に家の姿勢や願いを凝縮します。
英国では基本的に持ち主が自由に変更でき、紋章本体ほど厳格に固定された要素ではありません。
そこに、盾そのものの恒常性と、言葉の更新しやすさという緩急があるわけです。

同じ家でモットーの文言が時代によって変わっていた資料に出会うと、この違いは実感に変わります。
紋章本体が家の骨格なら、モットーは時代ごとに差し替えられる心持ちであり、変わるからこそ現在の姿勢が見えるのでしょう。
位置にも流儀があり、英国では足元、つまりコンパートメントの下に置くことが多く、大陸では頂部に置くことが多いです。
国ごとの流儀を見分ける手がかりになる。

家紋と紋章|構造で比べる東西の象徴

家紋と西洋紋章を並べると、まず目に入るのは構造の差です。
西洋紋章は盾を核に、兜飾りや装飾が積み重なって意味を形づくりますが、家紋は単一の図形だけで家や一族を示します。
この違いは見た目の好みではなく、象徴をどう設計するかという思想の差でもあります。

家紋=単一図形、紋章=積層構造

西洋紋章を分解して見ると、盾の上に兜が置かれ、さらに兜飾りや支持役の存在が加わって、ひとつの「積層された記号」になっています。
対して家紋は、丸や輪、植物、動物、文様の一要素だけで成立し、付属パーツを足さなくても意味が閉じるのが特徴です。
装飾を積み上げる西洋式と、単図形で完結させる日本式。
単純さは省略ではなく、必要な情報だけを残す洗練なのだと分かります。

実際に西洋紋章の細かな要素を見たあとで家紋に戻ると、その潔さがいっそう際立ちます。
あれほど情報量の多い体系のあとに、一本の線や一枚の葉で集団を表す図像を見ると、簡素さもまた設計思想なのだと感じるはずです。
家紋は「足りない」のではなく、最初からそこまでで成立するように作られているのです。

なぜ家紋は英語でFamily crestなのか

家紋が英語でFamily crestと訳されるのは示唆的です。
crest は本来、西洋紋章の兜飾りを指しますから、日本の家紋が西洋紋章の全体ではなく、その構成要素の一部を家の象徴として独立運用している事情が透けて見えます。
外来の言葉を借りるしかない場面で、訳語がかえって東西のつながりを見せる。
そこに面白さがあります。

私は以前、この crest という語を深く意識せずに使っていました。
ところが兜飾りの名だと知った瞬間、日本の家紋が西洋の紋章文化とまったく別物ではないと腑に落ちたのです。
共通しているのは、家や集団を識別し、記憶に残すための図像だという点でしょう。
呼び名は違っても、役割は地続きなのだと分かります。

庶民まで広がった日本、貴族に限られた西洋

普及範囲の差も、家紋と西洋紋章を分ける大きな軸です。
日本では庶民の家にまで紋章が広がり、武家だけの記号にとどまりませんでした。
生活の場で使われ、着物や道具にも載せられることで、家紋は権威の標章というより、日常に埋め込まれた識別記号になっていきます。
ここが西洋との決定的な違いです。

西洋の紋章が基本的に貴族・騎士階級に限られたのに対し、日本の家紋はもっと広い層に浸透しました。
だからこそ、同じ「紋章学」というフレームで見ても、社会の広がり方が図像の形を変えていると読めます。
制度が上から降りるか、暮らしの中で広がるか。
その差が、図像の使われ方にもはっきり残っているのです。

ℹ️ Note

[!NOTE] 家紋と西洋紋章は別系統に見えて、実はどちらも「家・集団を象徴する図像の体系」です。構造の違いを押さえると、家紋の簡潔さも西洋紋章の重層性も、それぞれの社会が選んだ合理性として見えてきます。ほかの紋章関連記事もあわせて見てみてください。

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