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工藤さんの家紋|庵木瓜と由来
工藤さんの家紋|庵木瓜と由来
工藤家の家紋は、代表紋として庵木瓜(庵に木瓜)が知られている。青森の祖父の家で古い箪笥の金具にその紋を見つけ、これが工藤家の印だと教わった記憶が、いまも強く残っている。工藤という名字は藤原為憲が木工助に就いたことに由来し、庵と木瓜を重ねた紋は、その由来を図像として示したものだ。
和田さんの家紋|三つ引両・星紋と由来
和田さんの家紋|三つ引両・星紋と由来
和田とは、全国で約58位、推定約26万人を数える大姓で、相模や和泉、信濃など各地の「和田」という土地から別々に起こった多系統の苗字である。法事で本家の墓石に刻まれた引両のような紋を見たとき、これは何という紋かと気になったが、和田家の紋は最初から一つに決まるものではないとわかる。
小川さんの家紋|代表的な紋と由来
小川さんの家紋|代表的な紋と由来
小川は、全国第29位前後に数えられる大姓で、語源は小さな川という地形にあります。祖父の葬儀で見た紋付袴の背の紋が、母方の墓石の紋と微妙に違っていたときに「同じ小川なのになぜ」と戸惑うことがあるのは、この名字が各地で血縁のない複数の小川氏として独立に生まれたからです。
竹内さんの家紋|笹紋・柏紋と名字の由来
竹内さんの家紋|笹紋・柏紋と名字の由来
竹内姓は、全国に約27万人を数える名字ランキング54位の姓で、家紋は一つに定まりません。法事で並んだ墓石を見ても、同じ竹内姓の親戚同士で紋が微妙に違い、そこで初めて「竹内の家紋は一つではない」と分かる場面があります。
金子さんの家紋|対い蜻蛉と由来
金子さんの家紋|対い蜻蛉と由来
金子の家紋は、村山党から派生した系譜では対い蜻蛉が最も縁深い紋である。金子姓は全国約49位、推計約28万人にのぼり、発祥地は武蔵国入間郡金子郷、いまの埼玉県入間市金子付近だ。蜻蛉が前進しか知らない「勝虫」として武家に愛されたことを思うと、虫の姿が家の誇りを示す紋になるのは実に面白い。
中山さんの家紋|杜若と虎杖、二つの系統
中山さんの家紋|杜若と虎杖、二つの系統
中山の家紋は、名字だけでは一つに定まらない代表例です。中山は全国でおよそ56位、推定27万人規模の大姓で、地形由来の名字として各地で独立に生まれた家が多く、公家系と武家系に分かれて家紋も異なります。
原田さんの家紋|三つ引両と代表紋の由来
原田さんの家紋|三つ引両と代表紋の由来
原田は全国に約28万から30万人ほどいる大姓で、順位でもおよそ50位台に入る名字です。原田の家紋としてまず挙がるのは丸に三つ引両と丸に剣梅鉢で、ただし苗字と家紋は一対一で結びつかず、同じ原田でも家系やルーツによって異なります。
岡本さんの家紋|剣片喰・鷹の羽など代表紋と由来
岡本さんの家紋|剣片喰・鷹の羽など代表紋と由来
岡本は、全国でおよそ47位、推定人口約28万人にのぼる名字で、西日本、とりわけ大阪・兵庫・岡山・広島に厚く分布する名字である。法事や墓参りで岡本家の墓石や紋付を見比べると、家ごとに刻まれた紋が違い、「岡本さんの家紋は一つに定まらない」とすぐにわかります。
中川さんの家紋|中川柏とクルス紋の由来
中川さんの家紋|中川柏とクルス紋の由来
中川とは、全国約51位・推計31万人にのぼる大姓で、語源は「中の川」という方位由来の姓である。複数の川のうち真ん中を流れる川を名乗りのもとにしたため、出自は一つではなく、まず自家がどの系統かを見極めるところから話が始まります。
中野さんの家紋|三階菱・沢瀉と代表紋の由来
中野さんの家紋|三階菱・沢瀉と代表紋の由来
中野は、全国順位およそ49位、人数およそ28万4千人を数える大姓でありながら、「中野=この家紋」と一つに決められない姓です。上野・下野に対する「中間の野」「中心の野」という地形に由来する地名姓として、各地で血縁のない家が独立に中野を名乗ったため、紋も一系統には収まりません。
戦国武将の旗印・馬印一覧|信長・信玄・謙信の意味
戦国武将の旗印・馬印一覧|信長・信玄・謙信の意味
旗指物は、平安末期から江戸期にかけて戦場で使われた軍旗や標識の総称で、旗の形をした旗印と、立体物の馬印に大きく分かれます。家紋が一族の恒久的な標であるのに対し、旗印と馬印は戦場で誰がどこにいるかを即座に示す実用の識別装置でした。
戦国の縁起紋|六文銭と三つ盛りの意味
戦国の縁起紋|六文銭と三つ盛りの意味
六文銭とは、戦国の家紋のなかでも銭六枚を並べた異様な図柄で、正式には六連銭・六紋連銭という。大河ドラマや戦国ゲームで真田の紋として目にする機会は多いが、滋野氏・海野氏が先に用いた信濃の紋でもあり、三途の川の渡し賃を思わせる死生観がそこに重なる。