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菊紋とは|皇室の十六八重菊の由来と歴史
菊紋とは|皇室の十六八重菊の由来と歴史
菊の御紋は、正式には十六葉八重表菊と呼ばれる皇室・天皇を象徴する紋章で、桐紋と並ぶ代表的な皇室紋です。外周に16枚の花弁が二重に重なる構造と、正面から蘂を表す図案が組み合わさっており、まず「菊紋とは何か」にこの一文で答えられます。
柏紋とは|三つ柏の意味と使用家を解説
柏紋とは|三つ柏の意味と使用家を解説
柏紋とは、柏の葉を図案化した植物紋で、藤・片喰・木瓜と並ぶ十大家紋のひとつです。記録される形は149種を超え、植物紋のなかでも屈指の多さを持ちます。編集部が家紋帖や神社の神紋を追うなかで注目したのは、単なる木の意匠ではなく、神道と深く結びついた「神聖な木」として柏が扱われてきた点でした。
桜紋とは|桜の家紋の意味と使用が少ない理由
桜紋とは|桜の家紋の意味と使用が少ない理由
桜紋は、サクラの花や枝葉を図案化した家紋群で、読みは「さくらもん」です。日本を代表する花を象った意匠なのに、桐・菊・藤に比べると用いる家は少なく、家紋としては傍流に見えるところがこの紋の面白さでしょう。
大友氏の家紋・抱き杏葉|由来と九州の名門紋
大友氏の家紋・抱き杏葉|由来と九州の名門紋
抱き杏葉は、豊後国(現在の大分県)を本拠とした戦国大名・大友氏を象徴する家紋で、見た目は植物のようでも実体は馬具の装飾金具を図案化した器物紋です。2枚の蔕の上に毬花をつけた杏葉を左右から抱き合わせる構図で、大友抱き杏葉とも呼ばれます。
後北条氏の家紋|三つ鱗の由来と北条鱗の謎
後北条氏の家紋|三つ鱗の由来と北条鱗の謎
三つ鱗は、3つの三角形を山形に組んだ鱗紋であり、鎌倉幕府初代執権・北条時政の江ノ島弁財天への参籠伝説に結びつく家紋です。小田原城や江ノ島で土産物や社紋としてこの形を見かけると、どこかで見たことがあると感じるはずです。
今川義元の家紋|足利二つ引両と赤鳥紋
今川義元の家紋|足利二つ引両と赤鳥紋
今川義元の家紋は、足利二つ引両を正紋とする武家の系譜に連なり、二本の横線を円の中に収めた意匠として知られます。戦国ゲームや桶狭間を描く映像で見覚えのあるその二本線は、どこか足利の紋に似ているという直感がそのまま当たっていて、今川がなぜ将軍家と同じ紋を掲げられたのかは、
長宗我部元親の家紋|七つ片喰の由来と意味
長宗我部元親の家紋|七つ片喰の由来と意味
長宗我部元親の家紋「七つ片喰」は、中心に片喰を1つ置き、その周囲に6つを配して計7つにまとめた、長宗我部氏特有の意匠です。岡豊城に生まれた元親が土佐から四国へ勢力を広げた歩みを背景にすると、この「中心1+周囲6」という形は、単なる装飾ではなく一族の存在感を示す紋として見えてきます。
浅井長政の家紋|三つ盛亀甲花菱の意味と由来
浅井長政の家紋|三つ盛亀甲花菱の意味と由来
浅井長政の家紋三つ盛亀甲花菱は、亀甲・花菱・三つ盛の3要素からなる複合紋で、見た目は華やかでも構造をほどくと意外なほど読みやすい紋である。大河ドラマや戦国ゲームで名前だけ知っていた人ほど、まず「どんな形か」を言葉にして受け取ると理解の足場ができるでしょう。
徳川家康の家紋|三つ葉葵と徳川の由来
徳川家康の家紋|三つ葉葵と徳川の由来
三つ葉葵は、徳川家康の家紋として知られる紋であり、実体はフタバアオイの葉を三枚、頭合わせにして丸で囲んだ意匠です。天文11年に岡崎城で竹千代として生まれ、永禄9年に徳川を名乗るまでの家康の歩みをたどると、この紋がどの時点で、何のために前面へ出たのかが見えてきます。
島津家の家紋|丸に十字の由来と諸説
島津家の家紋|丸に十字の由来と諸説
島津家の家紋は、正式には「丸に十の字(丸に十文字)」という十文字紋で、島津十字や轡十字とも呼ばれます。鹿児島の仙巌園や大河ドラマでこの紋を見るとキリスト教との関係を疑いたくなりますが、その連想は早計で、十字紋はキリスト教伝来より前から使われていました。
石田三成の家紋|大一大万大吉の意味と読み方
石田三成の家紋|大一大万大吉の意味と読み方
大一大万大吉は、石田三成の旗印として知られる六文字の文字紋で、「だいいちだいまんだいきち」と読みます。上の大一、左の大万、右の大吉の順で見るのが現代の一般的な読み方で、関ヶ原の戦いで三成が掲げた象徴としても広く記憶されています。
黒田官兵衛の家紋・藤巴紋の由来と本当の正紋
黒田官兵衛の家紋・藤巴紋の由来と本当の正紋
黒田官兵衛の家紋として知られる藤巴は、三つの藤の花房を左三つ巴の渦巻き状に配した紋で、藤と巴という二系統のモチーフがひとつに重なっています。大河ドラマやゲームで見覚えがあるあの紋を調べると、感動的な牢の藤の伝説が先に出てきますが、実際には黒餅が定紋で藤巴は替紋だったという整理も必要になるのです。