日本の家紋

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田村さんの家紋|代表紋・田村茗荷の由来

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田村さんの家紋|代表紋・田村茗荷の由来

田村姓の家紋は一つに定まらず、田村茗荷(車前草)・剣梅鉢・九曜・左三つ巴の四系統が代表として知られます。なかでも田村茗荷は、名前こそ茗荷ですが実体は道端に自生する車前草(おおばこ)を図案化したもので、陸奥一関藩の田村家で用いられたことから一関おおばことも呼ばれてきました。

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山下さんの家紋|代表的な5紋と由来

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山下さんの家紋|代表的な5紋と由来

山下は、山のたもとや山の下を意味する地形由来の名字で、全国約27位・およそ40万人規模とされる名字である。信濃や美濃など複数の発祥地から別々に生まれた多元的な名字でもあり、山下家の家紋が一つに定まらないのはそのためだ。

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中島さんの家紋|丸に三つ柏・轡の由来

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中島さんの家紋|丸に三つ柏・轡の由来

中島姓は、全国28位前後・およそ38万人を数える大きな名字で、ルーツは池や川の中にある島を意味する地名にある。中島さんの家紋には、神聖な木の柏に由来する「丸に三つ柏」と、平安期の馬具を図案化した「轡」の二系統があり、どちらも家の来歴を映す手がかりになるのです。

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石原さんの家紋|代表紋と由来

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石原さんの家紋|代表紋と由来

石原は、全国でおよそ14万人、名字ランキング141位前後の比較的メジャーな姓で、読みは「いしはら」が主流です。山梨・島根・岡山で比率が高く、愛知・東京・神奈川など都市部にも広く分布しているため、ありふれた名字に見えても家紋は一つに決まりません。

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新井さんの家紋|笹紋と新田氏ゆかりの代表紋

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新井さんの家紋|笹紋と新田氏ゆかりの代表紋

新井は、地形由来で生まれた名字で、上野国新田郡新井村を代表的な発祥地とし、関東に多い姓として知られます。家紋は一つに決まるわけではなく、まず多いのは笹紋系で、とくに丸に根笹のような図がよく見られます。

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福田さんの家紋|扇・巴・桐の代表紋と由来

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福田さんの家紋|扇・巴・桐の代表紋と由来

福田家の家紋は一つに決まるものではなく、福田という地名から各地で別々に起こった多系統の家ごとに受け継がれてきた。法事で本家の墓石に見慣れない紋を見つけて「これは何という紋で、なぜ親戚と違うのか」と戸惑う場面も、じつはその多系統性を知ればすっと腑に落ちるでしょう。

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野村さんの家紋|四つ目結と代表紋の由来

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野村さんの家紋|四つ目結と代表紋の由来

野村の家紋で最初に当たりをつけるなら、四つ目結が代表的です。これは目結紋の一種で、近江国の宇多源氏佐々木氏族につながる野村家に広く伝わってきましたが、野村姓のすべてがこの紋とは限りません。

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渡部さんの家紋|渡辺星と三扇・由来

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渡部さんの家紋|渡辺星と三扇・由来

渡部は、渡辺と漢字が異なっても代表家紋に三つ星に一文字、通称・渡辺星を用いる家が多い名字である。親戚の法事で「うちは渡部だけど渡辺と何が違うの」と話題になり、墓石の紋と家紋帳を見比べて渡辺星だと確かめた経験からも、この名字は見た目より奥が深いと実感する。

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松井さんの家紋|蔦・笹紋と由来

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松井さんの家紋|蔦・笹紋と由来

松井家の家紋は一つに定まらない。法事で本家の墓石に刻まれた紋を見て「これは松ではなく、つる草のような紋だ」と気づき、調べたら丸に蔦だった、という入口にたどり着く人は少なくありません。

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小松さんの家紋|揚羽蝶と代表的な紋・由来

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小松さんの家紋|揚羽蝶と代表的な紋・由来

小松は、全国におよそ15万人いて名字ランキング約115位の比較的多い姓でありながら、高知・秋田・長野の3県に強く集まる多系統苗字です。小松とは、各地の「小松」地名から別々に発祥した家々の総称で、家紋に単一の正解はありません。

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菊地さんの家紋|鷹の羽と日足の由来

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菊地さんの家紋|鷹の羽と日足の由来

菊地・菊池の家紋は、肥後国菊池郡を本拠とした中世武家・菊池氏にさかのぼる。喪服の羽織や実家の桐箱でふと見かけた紋の正体を知りたくなったとき、まず目に入るのが鷹の羽紋だ。片喰、木瓜、柏、藤と並ぶ五大紋の一つで、菊地・菊池姓に多い背景には、この共通のルーツがある。

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桜井さんの家紋|桜井桜と代表紋の由来

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桜井さんの家紋|桜井桜と代表紋の由来

桜井桜とは、摂津尼崎藩を治めた桜井松平家の家紋として知られる、山桜の五弁花を細く二重に描いた桜紋である。名字「桜井」にちなんだ名字紋の一例ですが、桜紋を家紋にした家は江戸期でも大名・旗本あわせて約20家ほどと少なく、まずそこに意外性があります。 ただし、桜井姓を名乗る人すべてが桜井桜を使うわけではありません。