寺紋・神紋とは|寺社の紋章の由来と読み方
寺紋・神紋とは|寺社の紋章の由来と読み方
神社の紋は神紋(社紋)、寺院の紋は寺紋と呼ばれ、個人や血統に結びつく家紋とは成立の背景が異なる施設と信仰の紋章です。日本には神道系の神社が約8万4千、仏教系の寺院が約7万7千あり、その多くが固有の紋を掲げています。
神社の紋は神紋(社紋)、寺院の紋は寺紋と呼ばれ、個人や血統に結びつく家紋とは成立の背景が異なる施設と信仰の紋章です。
日本には神道系の神社が約8万4千、仏教系の寺院が約7万7千あり、その多くが固有の紋を掲げています。
御朱印集めで全国の寺社を巡ると、社殿の幕や瓦に染め抜かれた意匠が訪れる先ごとに違い、家紋とは別の体系があると気づくはずです。
神紋は祭神・祭具・神木にちなむもの、有力な氏子や公家武家の家紋が転じたもの、神託や伝説に基づくものの3系統に整理でき、賀茂神社の二葉葵のような例を知ると、見慣れない紋でも由来を推測しやすくなります。
神紋・寺紋とは|家紋との違いを整理する
神紋と寺紋は、どちらも寺社の紋章だが、家紋とは役割が違う。
神社が掲げる紋は神紋(社紋)、寺院が掲げる紋は寺紋で、家の歴史を示す紋ではなく、信仰の場そのものを示す印になる。
まずここを押さえると、寺社で目にする意匠がぐっと読みやすくなるでしょう。
神紋(社紋)とは何か
神紋(社紋)は神社が用いる紋で、家紋と区別して「しんもん」と読む。
境内で目にする印の多くは、社殿や授与品に付された神社固有の目印であり、神の坐す場を示す記号として働く。
私も以前、ある神社で見た紋を「この家の家紋だろう」と思い込んだことがあるが、あとで社紋だと知って、寺社の紋は個人の紋とは別物だと腑に落ちた。
呼び名を整理するだけで、見え方が変わる。
神紋の由来は一つではない。
祭神や祭具、神木にちなむものもあれば、有力な氏子や公家・武家の家紋が転じたものもあり、神託や土地の伝説から定着した例もある。
たとえば八幡系では三つ巴、天満宮では梅鉢、賀茂神社(上賀茂神社)では二葉葵がよく知られる。
巴紋は右三つ巴と左三つ巴があり、水の渦や鞆、勾玉に由来するとされる。
火災除けとして屋根瓦に使われることが多いのも、この渦のイメージと結びつくからだ。
寺紋とは何か
寺紋は寺院が用いる紋で、「じもん」と読む。
卍紋、輪宝紋、蓮紋の三大寺紋が代表的で、神紋が祭神や氏族の記憶と結びつきやすいのに対し、寺紋は仏法の象徴を軸に読まれる。
輪宝はインド古来の武器を象り、煩悩を打ち砕く仏の教えを示す。
卍紋や蓮紋も同じく、寺の思想や宗派の空気を一目で伝える印だ。
寺紋を持つ寺は、神紋を持つ神社に比べてかなり少ない。
寺をいくつも巡っても紋が見当たらず、神社ほど目立たないと感じた経験があるが、その感覚は実態とつながっている。
日本には神道系の神社が約8万4千、仏教系の寺院が約7万7千あり、数としては拮抗しているのに、寺紋は境内で静かに扱われることが少なくない。
寺巡りでは「紋を探す」意識を持つだけで、見える景色が少し変わる。
家紋との根本的な違い
家紋が「個人・家・血統」に紐づくのに対し、神紋・寺紋は「施設・信仰の場」に紐づく。
ここが根本だ。
家紋は家そのものの来歴や系譜を示すが、寺社の紋はその場所が何を祀り、何を信じ、どう見られたいかを示す。
だから同じ意匠でも、家紋として見るのと神紋・寺紋として見るのとでは、意味の重みがまったく違ってくる。
宗派や社格が変わると、紋の選び方にも違いが出る。
東本願寺は近衛家ゆかりの抱き牡丹、西本願寺は下がり藤(九条藤)、日蓮宗は井桁に橘を用いるが、由来には諸説あるものも多い。
だからこそ、見た目が似ていても「これは家の紋か、寺社の紋か」を分けて読む姿勢が役に立つ。
神社の幕や提灯、瓦、賽銭箱、御朱印や授与品に押された印まで見渡すと、紋は信仰空間の細部にまで染み込んでいることがわかる。
神紋の由来3系統|祭神・パトロン・伝承で読む
神紋は、神社が掲げる紋章で、寺紋は寺院の紋章です。
どちらも個人や血統に結びつく家紋とは違い、施設と信仰の場に結びつく点が出発点になります。
日本では神道系の神社が約8万4千社、仏教系の寺院が約7万7千寺あり、紋を持つ場は多いものの、寺紋を備える寺は神紋を持つ神社よりかなり少ない。
その差には、神社が祭神や祭具、土地の由緒を紋に刻みやすいのに対し、寺院側は卍紋・輪宝紋・蓮紋のような仏法の象徴へ収れんしやすい、という性格の違いがあるのではないだろうか。
神紋の由来は、祭神・パトロン・伝承という三つの筋で読むと整理しやすい。
境内の葵紋を見て「徳川と関係があるのか」と早合点したことがあるが、由来を確かめると、実は祭神ゆかりの植物紋だった。
由来を先に見るだけで、紋章は権威の記号にも、信仰の記憶装置にもなる。
祭神・祭具・神木にちなむ神紋
第1系統は、祀られる神に縁のある物、神事で使う祭具、境内の神木を意匠にした神紋です。
ここでは紋が単なる装飾ではなく、神の常在や依代を視覚化する役割を持ちます。
たとえば植物や器物が選ばれるのは、そのものが神と場を結ぶ媒介として理解されてきたからで、由緒書きに神託の言葉が載ると、一本の草や一枚の葉に起源譚が凝縮されて見えてきます。
氏子・パトロンの家紋が転じた神紋
第2系統は、有力な氏子、公家、武家といったパトロンの家紋が神紋に転じたものです。
巴紋、菊紋、葵紋、梅紋などにその例が見られ、誰が神社を支えたのかが紋に刻まれている、と読むと理解しやすくなります。
八幡系では総本宮・宇佐神宮の左三つ巴にならって三つ巴が多く、巴紋は時計回りなら右三つ巴、反時計回りなら左三つ巴です。
由来には水の渦、鞆、勾玉の3説があり、水が渦巻く姿から火災除けとして屋根瓦にも広く使われてきました。
菊紋は皇室の権威と結びつくため、菊を掲げる神社は皇室とのゆかりが推測できます。
伊勢神宮が明治期に採った十六菊、出雲大社の二重亀甲に剣花菱、春日大社の下がり藤、厳島神社の三つ盛二重亀甲に剣花菱は、その神社がどの系譜と結びついてきたかを示す手がかりになるでしょう。
神託・伝説に基づく神紋
第3系統は、神託や土地の伝説に基づく神紋です。
賀茂神社(上賀茂神社)の二葉葵は、御祭神降臨の際に「葵を飾り祭れ」との神託に由来し、神と人を結ぶ草として大切にされてきました。
ある神社の由緒書きでこの由来を読んだとき、植物一つが社の起源譚を担う重みを持つのだと実感したものです。
3系統は排他的ではなく、重なり合います。
神紋は一つの理由だけで固定されるとは限らず、祭神との縁、支えた家の紋、伝承が層のように重なることが多い。
だからこそ、断定しすぎず「諸説ある」前提で読む姿勢が要ります。
神社の紋を見るときは、形の美しさだけでなく、その背後にある信仰の経路まで追ってみてください。
代表的な神紋一覧|主要神社の紋を読み解く
神紋は神社の紋、寺紋は寺院の紋で、どちらも家紋とは別物です。
家紋が個人や血統を示すのに対し、神紋と寺紋は施設そのものや信仰の系譜を示し、読み方も神紋は「しんもん」、寺紋は「じもん」になります。
文化庁の宗教統計調査では、日本の神道系宗教団体(神社)は約8万4千社、仏教系(寺院)は約7万7千寺で、寺紋を持つ寺は神紋を持つ神社より少ない構図が見えてきます。
まずは、この差を押さえると見分けが速くなります。
神紋は、意匠を見ただけで系統が読める点が面白いところです。
八幡神社の総本宮である宇佐神宮の社紋は左三つ巴で、全国の八幡系神社に三つ巴が多いのはここに由来します。
実際に複数の八幡宮を巡ると、どこでも似た意匠が掲げられていて、あとから宇佐神宮の左三つ巴がルーツだと知ると腑に落ちるでしょう。
寺社巡りでは、まず巴の向きと数を見てみてください。
系統の手がかりになります。
八幡・住吉系に多い三つ巴
三つ巴は、八幡系や住吉系でよく目にする代表的な神紋です。
回転する曲線が渦を連想させるため、古くから力や循環のイメージと結びつき、ひと目で判別しやすい意匠になりました。
八幡宮で左三つ巴が多いことを知ると、境内の提灯や社殿まわりを見た瞬間に「八幡系だな」と見当がつくようになります。
一覧読みの入口として、これほど分かりやすい例はありません。
天満宮の梅鉢と菅原道真
天満宮の神紋は梅鉢です。
菅原道真が生前に梅を愛したことに由来し、全国の天満宮で広く使われています。
天満宮を訪れたときに梅鉢の紋を見つけ、道真の梅好きの逸話とつながった瞬間は、紋章が単なる飾りではなく人物像そのものを映すものだと実感させます。
学問の神というイメージが、梅という具体的な意匠に結実しているのです。
伊勢・出雲・春日・厳島の神紋
伊勢神宮は古来、定まった神紋がありませんでしたが、明治期に皇室の十六菊を用いるようになりました。
つまり、神紋は最初から固定されていたわけではなく、時代の整理を受けて形が整うことがあるわけです。
出雲大社の二重亀甲に剣花菱、春日大社の下がり藤、厳島神社の三つ盛二重亀甲に剣花菱、稲荷神社の稲紋も、名社ごとの由来をそのまま意匠に落とし込んだ例だと見てよいでしょう。
比較すると、神紋は「神の性格」や「信仰の背景」を可視化する記号だと分かります。
| 意匠 | 代表神社 | 由来の系統 |
|---|---|---|
| 左三つ巴 | 宇佐神宮、八幡系神社 | 八幡信仰、社紋の継承 |
| 梅鉢 | 天満宮 | 菅原道真の梅への愛好 |
| 十六菊 | 伊勢神宮 | 明治期に整えられた皇室ゆかりの意匠 |
| 二重亀甲に剣花菱 | 出雲大社 | 亀甲による神の常在の象徴 |
| 下がり藤 | 春日大社 | 藤の意匠を基調にした社紋 |
| 三つ盛二重亀甲に剣花菱 | 厳島神社 | 亀甲系の発展意匠 |
| 稲紋 | 稲荷神社 | 稲作・豊穣の信仰 |
この表の見方は単純です。
意匠だけを覚えるのではなく、代表神社と由来の系統をひとまとまりで押さえると、現地で見た紋をすぐ照合できます。
神社名、形、背景の三点を結びつけてしまえば、寺社巡りはぐっと面白くなります。
おすすめです。
巴紋を深掘り|なぜ神社と寺の屋根に多いのか
巴紋は、勾玉のような曲線が回転する形で表され、尾の流れ方を見ると右三つ巴と左三つ巴を見分けられます。
最初は向きが紛らわしいものの、時計回りに流れる尾なら右三つ巴、反時計回りなら左三つ巴と押さえるだけで観察がぐっと楽になります。
しかも巴は数や配置でも表情が変わり、二つ巴や向い巴、巴七曜、九曜巴のように広がりを持つ意匠です。
神社の紋と思って見ていると寺や家にも現れるので、場所と組み合わせて読む視点が要ります。
右巴・左巴と数のバリエーション
右三つ巴と左三つ巴は、尾の流れをどちらに向けるかで判別します。
見慣れないうちは線の回転だけに目を取られがちですが、尾先の向きに注目すると。
実際に社殿の瓦を見上げていると、同じ巴でも回転の印象が少しずつ異なり、最初は混乱しました。
ところが尾が時計回りに流れるものを右、反時計回りを左と覚えると、視線の置きどころが定まり、似た意匠の中でも違いを拾えるようになります。
巴は三つ巴だけではありません。
二つ巴は要素を絞った簡潔さがあり、向い巴は二つの渦が向き合うため、動きよりも対称性が際立ちます。
さらに巴七曜や九曜巴のように数を増やした形式になると、単なる装飾以上に、まとまりや格を示す印象が強まるでしょう。
数や配置を見比べると、巴が一つの型ではなく、用途に応じて伸び縮みする横断的な文様だとわかります。
巴の語源をめぐる3つの説
巴の由来には、水の渦の文様、鞆を描いたという語呂合わせ、勾玉の形という三つの説があります。
どれか一つに決め切れないところが面白く、むしろ起源の曖昧さが巴の幅広い受容につながっているのではないでしょうか。
水が渦を巻く姿を写したと考えれば動きのある形に納得がいき、鞆の絵と見るなら武具の実用から記号化された線が見えてくる。
勾玉の連想まで重なることで、巴は神霊性と日常性の両方を抱えた意匠として理解しやすくなります。
語源の三説が並立している事実は、巴が一つの分野に閉じないことを示しています。
水の渦は自然の力、鞆は武の場面、勾玉は神霊の象徴であり、同じ図形が異なる意味層にまたがって受け入れられてきたわけです。
だからこそ、神社の紋として見ても、寺の装飾として見ても、あるいは家紋として見ても不思議ではない。
巴を見るときは、形そのものだけでなく、何に付いているかを併せて読むのが近道です。
火災除けと瓦の三つ巴
水が渦巻く様に火を制する力を重ね、三つ巴は火災除けの願いを担う文様として屋根瓦に多用されます。
社殿の瓦をよく見たら一面に三つ巴が並んでいて、装飾ではなく祈りの意匠なのだと感じ入ったことがあります。
屋根は建物の最上部であり、風雨や火の気にさらされやすい場所ですから、そこに火を遠ざける意味を託すのはきわめて自然です。
神社だけでなく寺の瓦にも巴が多いのは、その効用が宗教の違いを越えて共有されてきたからでしょう。
巴紋は神紋、寺紋、家紋のいずれにも現れるため、見ただけで寺社か武家かを断定することはできません。
むしろ巴がどこに据えられているか、屋根なのか、門なのか、紋所なのかを合わせて見る必要があります。
観察のコツは形だけで急がず、場の文脈と結びつけることです。
そうすると、同じ三つ巴でも祈り、権威、共同体のしるしとしての顔が見えてきます。
おすすめです。
まず瓦の並びを眺めてみてください。
きっと見え方が変わります。
寺紋の由来と三大寺紋|仏教の象徴で読む
寺紋は、寺院の由緒や教義を図像化した紋で、卍紋・輪宝紋・蓮紋の「三大寺紋」が代表格です。
約7万を超える寺院の中でも最も多く使われる型であり、神紋のように家の系譜を示すだけではなく、仏教の象徴そのものを読むのが基本になります。
瓦や提灯に卍が並ぶのを見て、ナチスの記号と混同しそうになっても、そこにははるかな歴史をもつ吉祥紋としての意味が宿っています。
三大寺紋
三大寺紋の中心にある卍紋・輪宝紋・蓮紋は、寺紋の考え方をいちばん端的に示します。
卍紋は仏法の吉祥を表す呪紋で、輪宝紋は仏の教えが煩悩を打ち砕く力を示し、蓮紋は清浄と悟りの象徴として読まれます。
どれも「家の印」ではなく、教義や信仰の内容がそのまま形になったものだ。
だから寺紋は、意匠の美しさより先に意味を見ておくと理解が早くなります。
輪宝紋を初めて見たとき、車輪の飾りのように感じる人は少なくないでしょう。
けれども、そこにあるのは単なる装飾ではありません。
インド古来の武器を象った意匠として、煩悩を打ち砕く仏の教えを表すとされ、寺の門前や器物の隅に置かれるだけでも、空間全体の性格を仏教的に変えてしまいます。
卍紋も同じで、意匠そのものに教義的な意味が宿る点が寺紋の核心です。
仏具・呪具にちなむ寺紋
寺紋には、仏具や呪具を祖型にしたものが多く見られます。
輪宝のように武器の形から教えの力へと意味が転じた例は、そのまま仏教が「戦うための道具」を「煩悩を断つ象徴」に組み替えてきた歴史でもあります。
卍が瓦や提灯に反復されるのも同じで、見慣れた図柄の反復ではなく、場そのものを仏法の秩序に置き換える作用を担っているのです。
ここで神紋と比べると違いがはっきりします。
神紋が神社の由緒や氏族の系譜を強く映すのに対し、寺紋は教義の象徴を直接採ることができるため、意匠の出発点がそもそも違います。
寺巡りをしても紋に出会う機会が少ないのは、寺が神社ほど紋を前面に出してこなかったからでもあり、紋が出てきたときの存在感が強い理由にもなるでしょう。
開祖や檀家の家紋が転じた寺紋
寺紋のもう一つの成立論理は、開祖の在家時代の家紋が寺へ受け継がれることです。
宗祖個人の出自が、そのまま寺の象徴に変わるわけで、ここには「人の来歴が宗派の記憶になる」という独特の流れがあります。
後段の宗派別一覧を見るときも、この視点を持っていると、単なる図柄の違いではなく、誰のルーツがどの形で残ったのかまで読めるはずです。
有力な檀家の家紋を寺紋に採る例もあります。
寺を経済的に支えた家の紋が寺の顔になるのは、神紋にも通じるパトロン由来の系統です。
つまり寺紋は、教義だけでできているのではなく、開祖の個人史、檀家の支援、寺院の運営という複数の層が重なって成立している。
そう考えると、寺紋が少数派であること自体が、寺院ごとの事情の濃さを物語っているのではないでしょうか。
宗派・名刹の寺紋一覧|本願寺・日蓮宗ほか
東本願寺と西本願寺、さらに日蓮宗を並べて見ると、寺紋は単なる意匠ではなく、寺と公家・武家の縁をそのまま映した記号だとわかります。
とくに浄土真宗の東西本願寺は、同じ宗祖を仰ぎながら寺紋が分かれ、その違いに教如と近衛家、そして九条家との結びつきが色濃く刻まれています。
日蓮宗の井桁に橘もまた、由来が一つに定まらない複数説を抱え、寺紋を読むには背景まで追う必要があるでしょう。
浄土真宗(東西本願寺)の寺紋
東本願寺(真宗大谷派)の寺紋は抱き牡丹で、教如が公家・近衛家の養子となった縁から近衛家の牡丹紋を用いたとされます。
東本願寺を参拝すると、この紋が建物や札にさりげなく入っていて、宗派の名だけでは見えない公家との距離感が一気に立ち上がるのが面白いところです。
寺紋は飾りではなく、誰と結び、どこで立場を得たかを示す痕跡なのだと実感します。
西本願寺(浄土真宗本願寺派)の寺紋は下がり藤(九条藤)で、22世が九条家と縁を結んだことに由来するとされます。
東西本願寺を続けて参拝したとき、同じ浄土真宗でも紋が抱き牡丹と下がり藤で分かれているのに気づき、宗祖を同じくしても歴史の枝分かれはそのまま象徴に残るのだと腑に落ちました。
紋の違いは小さく見えて、実は家格や婚姻、庇護関係の記憶を抱えた差なのです。
| 寺院・宗派 | 寺紋 | 由来説 |
|---|---|---|
| 東本願寺(真宗大谷派) | 抱き牡丹 | 教如が公家・近衛家の養子となった縁で近衛家の牡丹紋を用いたとされる |
| 西本願寺(浄土真宗本願寺派) | 下がり藤(九条藤) | 22世が九条家と縁を結んだことに由来するとされる |
日蓮宗の井桁に橘
日蓮宗の宗紋は井桁に橘です。
見た瞬間に井伊家の家紋を連想する人も少なくないはずで、形の近さから記憶に残りやすい紋だと言えます。
もっとも、由来は一筋縄ではありません。
井伊家とのゆかり説に加えて、日蓮誕生時に泉が湧いた井戸の伝説と、橘を好んだ説など、複数の説明が重なって伝わっています。
この紋に出会うと、ひとつの図柄に単線の物語を当てはめたくなりますが、そこは少し立ち止まったほうがいい。
実際に日蓮宗の寺院で井桁に橘を見ていくと、家紋の連想と信仰の伝承が重なって見え、記号が歴史の交差点になっているとわかります。
由来を一つに決めつけず、複数説を並べて読む姿勢が必要です。
| 寺院・宗派 | 寺紋 | 由来説 |
|---|---|---|
| 日蓮宗 | 井桁に橘 | 井伊家とのゆかり説、日蓮誕生時に泉が湧いた井戸の伝説、橘を好んだ説など複数ある |
由来をめぐる諸説と注意点
寺紋の由来は、公式の説明と後世の俗説が混ざりやすい分野です。
とくに公家や武家との縁をたどる話は、寺の威信を高める物語としても魅力があるため、語られ方が増幅しやすい。
だからこそ、本願寺のように比較的筋道が通る由来であっても、別伝や伝承の層がないかを意識して読むと理解が深まります。
比較する時は、寺院名、宗派、寺紋、由来説の4点を並べると見通しがよくなります。
寺巡りで紋を見かけたら、図柄そのものだけでなく、誰との縁が語られているのかまで照合してみてください。
単なる装飾と思っていた紋が、宗派の歴史や人間関係を映す手がかりに変わるはずです。
寺社で紋を読むコツ|観察ポイントとよくある疑問
寺社の紋は、まず目に入りやすい場所を押さえると見つけやすくなります。
社殿や本堂の幕、提灯、賽銭箱、屋根瓦、幟は定番で、少し視線を下げたり、建物の脇へ回り込んだりすると紋が現れることもあります。
私は賽銭箱の小さな紋を見つけてから、参拝のたびに紋を探すようになり、寺社巡りの見え方が一段変わりました。
どこを見れば紋が分かるか
紋が出る場所には癖があります。
正面だけを見ていると見落としやすく、幕の端、提灯の面、賽銭箱の正面、瓦の意匠、幟の上部など、視線が流れやすい位置に置かれることが多いからです。
まず入口で幟を見て、次に社殿や本堂の幕、最後に賽銭箱や提灯を確認すると、紋の入り方がつかみやすくなります。
見つけた瞬間に「あった」と分かる小さな印だが、そこから寺社の系統や意匠の連なりが読めるようになるのです。
御朱印帳や授与品も手がかりになります。
押された紋を後から見返すと、八幡、天満、本願寺のような系統を推測する入口になり、現地で気づけなかった紋を自宅で確かめる楽しみも生まれます。
参拝中に全部分からなくてもよい。
持ち帰った御朱印を手がかりに、次の参拝で「どこに紋があったか」を探し直してみてください。
複数の紋を持つ寺社
寺社の紋は一つとは限りません。
表紋と裏紋のように使い分ける例があり、場所や用途によって見える紋が変わることもあります。
幕には主となる紋、提灯には簡略化した紋、屋根瓦には装飾として別の形が載ることがあり、同じ寺社で複数の紋に出会っても矛盾ではないのです。
むしろ、複数見つかるほうが自然でしょう。
この見方を知ると、紋探しは単なる当て物ではなくなります。
寺社の表情が一枚岩ではないと分かるからです。
私は賽銭箱の小さな紋を起点に、幕と瓦で別の図柄を見つけたことがあり、最初は混乱したものの、あとで併用の考え方を知って腑に落ちました。
ひとつ見つけたら終わりではなく、ほかにもあるかもしれない。
そう思って歩くと、観察の密度が上がります。
自分の家紋と同じだったら
自分の家紋と寺社の神紋・寺紋が同じでも、直ちに血縁や縁戚を意味するわけではありません。
同じ意匠が別の系統で独立に使われることは珍しくなく、見た目が一致しただけで由来まで同じと考えるのは早計です。
実際、同じ紋を見つけて先祖とのつながりを期待したものの、調べてみると意匠が重なっているだけだと分かり、紋の読み方には慎重さが要ると実感しました。
だからこそ、由来は断定せずに楽しむのがよいでしょう。
現地の由緒書きや公式情報を一次の手がかりにして、どの場面でその紋が使われているのかを確かめると、家紋との共通点も相違点も立体的に見えてきます。
紋は結論を急がせる印ではなく、考えるきっかけになる印だ。
そんな距離感で眺めると、寺社巡りはもっと豊かになります。
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