日本の家紋

石川さんの家紋|笹竜胆・鶴・蛇の目の由来

更新: 編集部
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石川さんの家紋|笹竜胆・鶴・蛇の目の由来

石川の家紋は、石川姓の複数の系統にまたがって伝わる家紋の総称である。全国に約43万人、名字ランキングで約26位という規模を持ち、石の多い川を意味する地名由来が各地で重なって別々に名乗られたため、紋も一つには定まりません。

石川の家紋は、石川姓の複数の系統にまたがって伝わる家紋の総称である。
全国に約43万人、名字ランキングで約26位という規模を持ち、石の多い川を意味する地名由来が各地で重なって別々に名乗られたため、紋も一つには定まりません。
墓参りで先祖の墓石に刻まれた竜胆紋を図鑑の笹竜胆と見比べたとき、花の数と丸囲みの違いで石川竜胆に気づいたことがあるように、石川の家紋は笹竜胆、石川竜胆、向い鶴や鶴の丸、蛇の目へと分かれます。
笹竜胆を源氏の代表紋と短絡しがちですが、実際には村上源氏、宇多源氏、清和源氏の一部に限られ、最後は墓石・仏壇・紋付の確認と親族への聞き取りで自分の家の紋をたどるのが近道です。

石川さんの代表的な家紋はこの4系統

石川姓の家紋は一つではなく、竜胆系の笹竜胆・石川竜胆、鶴系の向い鶴・鶴の丸、蛇の目系という大きく3カテゴリ4型に分かれます。
親族の集まりで「うちの石川の紋は何か」を尋ねたとき、本家は竜胆、分家は鶴だったことがあり、同じ名字でも家ごとに伝わる紋が違う現実をはっきり感じました。
家紋図鑑で石川を引くと竜胆も鶴も蛇の目も並び、ひとつに絞れないのはむしろ自然だと分かります。
全国約43万人、名字ランキング約26位という大きな姓だからこそ、まずは全体像を押さえるのが近道です。

石川の家紋が『複数ある』理由

石川姓の家紋が複数に分かれる理由は、石川姓そのもののルーツが一つではないからです。
同じ石川でも、蘇我系、清和源氏の石川源氏、大和源氏流の陸奥石川氏といった系統があり、それぞれが別の紋を伝えました。
名字が同じでも家紋が違うのは例外ではなく、むしろ家の由来が異なれば自然に起こることです。

石川という名は、「石の多い川・砂利の川」という地形に由来し、同じような地名が各地にあったため、複数の家が別々に石川を名乗りました。
全国約43万人、名字ランキング約26位という規模を考えると、広く分布した姓ほど系統が分かれ、家紋も一様になりにくいと見えてきます。
石川はまさに、その典型だといえるでしょう。

4系統の早見対応表

石川姓の代表紋は、竜胆系、鶴系、蛇の目系の3カテゴリ4型として整理すると見通しがよくなります。
まず竜胆系には、葉を扇状に重ねた上に竜胆の花を配する笹竜胆と、太い5枚の葉に3つの花をつけて丸で囲った石川竜胆があります。
後者は伊勢亀山藩石川氏の定紋で、亀山藩は石川家入封後に維新まで11代続きました。

鶴系は向い鶴と鶴の丸です。
鶴は延命長寿を表す仙禽で、一対になる意匠は夫婦和合や子孫繁栄の意味を帯びます。
大和源氏流の陸奥石川氏がこの系統を伝えた代表で、源頼遠の子・有光が1063年頃に三芦城を築いて石川を名乗り、24代・石川昭光の代には仙台藩重臣となりました。
蛇の目系は弦巻とも重なり、弓の予備弦を巻く武具に由来する幾何紋で、武勇と厄除けの意味を持ちます。

系統代表的な紋主な意味・背景関連する石川系統
竜胆系笹竜胆葉と花を組み合わせた竜胆紋。笹竜胆は「源氏の代表紋」という俗説があるが、実際の使用は村上源氏・宇多源氏と清和源氏の一部に限られる石川竜胆を伝える石川氏、石川源氏系
竜胆系石川竜胆太い5枚の葉に3つの花をつけ、丸で囲んだ定紋。伊勢亀山藩石川氏の印象が強い伊勢亀山藩石川氏
鶴系向い鶴・鶴の丸長寿、和合、繁栄を象徴する。対になる構図が家の結束を示す陸奥石川氏
蛇の目系蛇の目(弦巻)武具由来の幾何紋で、武勇と厄除けの意味を帯びる蘇我系や一部の石川家

この表を見れば、石川の家紋は「どれか一つ」ではなく、由来ごとに見分ける対象だと分かります。
紋の形だけでなく、どの家系に近いのかを考える手がかりにもなるはずです。

まず墓石・紋付を確認するのが近道

石川の家紋を見分けるいちばん確実な手がかりは、墓石、仏壇、紋付の実物です。
墓石や紋付に笹竜胆が出れば竜胆系、向い鶴や鶴の丸なら鶴系、蛇の目なら蛇の目系と、実物を見ればおおまかな系統が切り分けられます。
名字だけで決め打ちせず、まず紋そのものを確かめるのが筋でしょう。

実物で見分けたあと、親族や本家に聞き取りを重ねると、分家で紋が変わった経緯まで見えてきます。
家紋図鑑で石川を引いて戸惑ったときも、そこで止まらず、実物と家の記憶を突き合わせてみてください。
石川は複数の出自が重なった姓ですから、紋の違いをたどること自体が、その家の歴史に近づく作業になります。

もっとも知られる『笹竜胆』の意味と由来

笹竜胆は、竜胆の葉を扇状に重ね、その上に竜胆の花を配した文様です。
中央の部分を花だと思いがちですが、実際には葉を意匠化したもので、上に載る小さな花が主題になります。
この見方が分かると、紋の印象は大きく変わります。

ℹ️ Note

石川姓で笹竜胆が知られるのは、単なる装飾の好みではありません。源氏との結びつきや、平安以来の文様としての由緒が重なっているからです。

笹竜胆のかたちと『笹』の意味

笹竜胆は、5枚の葉を扇状に重ね、上に竜胆の花を1〜3個配する構成が基本です。
4枚の図案もあり、細部には揺れがあるものの、中心に見える大きな塊は花ではなく葉だと押さえるのが先です。
笹と付く理由もそこにあり、笹と竜胆という2種を並べた紋ではなく、葉の形が笹に似ているためにそう呼ばれます。
初見では花紋に見えても、骨格は葉の意匠なのです。

この構成は、ぱっと見の華やかさより、どこに視線が集まるかを計算した紋だと考えると理解しやすいでしょう。
葉を広げて輪郭を作り、その上に小さな花を置くことで、線の流れと上下の対比が生まれます。
初めて図を見たとき、花だと思っていた中央部分が実は葉だったと気づくと、笹竜胆の見え方はがらりと変わります。
紋を読むとは、形の大小を見分けることでもあるのです。

『竜胆』という名の由来

『竜胆』という名は、植物そのものの姿からだけではなく、漢方の苦さに由来します。
大陸で竜胆の漢方があまりに苦く、「竜の肝のように苦い」と例えられたことが名前の背景にあります。
花の美しさだけを見ていると見落としやすいですが、名の来歴には薬草としての扱いが深く関わっています。

ここが面白いところです。
竜胆は、見た目の上品さと、語源にある強い苦味が同居している。
だからこそ、武家の紋に用いられても軽くならず、品格と厳しさを同時に帯びる意匠として残ったのでしょう。
植物名の由来まで追うと、単なる花の名ではなく、薬効や漢方文化の記憶を背負った言葉だと分かります。
名前の奥行きが、紋の格を支えているわけです。

『源氏の代表紋』は江戸期の俗説

竜胆紋は平安時代に文様として使われ始めた由緒ある意匠です。
ただし、『源氏の代表紋』という言い方は江戸期に広まった俗説で、実際に用いたのは村上源氏・宇多源氏と清和源氏の一部に限られます。
源氏全体の紋と断定すると、史実の精度を落とすことになるでしょう。

『源氏=笹竜胆だから自分も源氏だ』と早合点しかける場面は少なくありません。
もっとも、使用範囲を知ると、その判断はかなり慎重になるはずです。
紋は家柄の気分で自由に選ばれるだけでなく、系譜や地域、後世の受容まで含めて形づくられます。
石川氏との関係でも、『羽継原合戦記』に石川氏が笹竜胆を用いたとの記載があり、石川姓の竜胆紋使用に古い文献的裏づけがあることが見えてきます。
笹竜胆は、名の美しさだけでなく、こうした歴史の層をまとった紋だと言えます。

大名家・石川氏が用いた『石川竜胆』

石川竜胆は、やや太く描いた5枚の竜胆の葉の上に3つの花をつけ、その全体を丸で囲った図案です。
笹竜胆に似ていますが、花が3つであることと外側の丸囲みが見分けの軸になります。
見た目は繊細でも、輪郭の取り方と花数に家格の印が宿る紋であり、伊勢亀山藩石川氏の定紋として受け取ると意味が立ち上がります。

石川竜胆のかたちと特徴

石川竜胆は、葉をやや太く描くため輪郭に量感があり、上部に3つの花を載せることで笹竜胆よりも密度のある印象をつくります。
さらに、その図案全体を丸で囲うので、単に植物意匠として見るよりも、紋章としてのまとまりが強いのが特徴です。
墓石や古い刻印では線が摩耗して判別しにくいことがありますが、花数と外側の丸を押さえるだけで読み違いが減ります。
見慣れた形に引きずられず、細部を拾う姿勢が石川竜胆では効いてくるのです。

この紋を図鑑と照合したとき、笹竜胆だと思っていた印が石川竜胆だったとわかる場面がある。
たとえば墓石の竜胆紋は、遠目にはよく似ていても、拡大すると花が3つで外側に丸があると確認でき、そこで紋の性格が反転します。
紋章は一見した印象で決めつけると外しやすい。
だからこそ、形の違いを言語化しておく価値があるでしょう。

笹竜胆との見分け方

笹竜胆と石川竜胆の混同は、竜胆紋に慣れているほど起こりやすいです。
笹竜胆は笹の葉のような細い印象が前に出るのに対し、石川竜胆は葉がやや太く、花も3つにまとまっています。
ここで決定的なのは、丸囲みの有無と花数です。
見分けるときは「線が細いか太いか」だけで済ませず、外周の処理まで含めて確かめると誤認が減ります。

伊勢亀山の城下を訪ねると、石川家の定紋として石川竜胆が紹介されている場面に出会える。
地名と藩、そして紋が一本につながる瞬間である。
墓石で見た印が、今度は城下の歴史として立ち上がるので、単なる意匠ではなく土地の記憶として残りやすい。
紋を覚えることは、同時にその家の居場所を覚えることでもあります。

伊勢亀山藩石川家の定紋として

この紋は伊勢亀山藩石川氏の定紋として知られ、『寛政重修諸家譜』に伊勢国亀山藩石川氏が石川竜胆を用いたと記されます。
大名家の公式記録に残る以上、偶然の似姿ではなく、家の標章として確かに用いられていたと読めるわけです。
紋章は家の名札であると同時に、記録に残ることで歴史の輪郭を持ちます。
石川竜胆が覚えられる理由は、意匠の珍しさだけでなく、この記録の裏づけにあります。

伊勢亀山藩は藩主交代が激しい不安定な藩でしたが、石川家が入封してから維新まで11代にわたり支配しました。
11代という長さは、紋が単発の飾りではなく、家の継続を支える印として機能していたことを示します。
混乱の多い藩政の中で、定紋は代をまたいで家をつなぐ目印になったはずです。
石川竜胆を見るときは、図柄だけでなく、その背後にある安定した支配の時間も一緒に思い浮かべたいところです。

陸奥石川氏に伝わる『向い鶴・鶴の丸』

陸奥石川氏に伝わる鶴紋は、竜胆系とは別系統の家紋として見ると整理しやすいです。
向かい鶴紋は石川家、飛び鶴紋は蒲生家が用いたとされ、同じ鶴でも家ごとに姿を変えることがわかります。
石川姓の墓石で竜胆ではなく鶴を見たときに「間違いでは」と感じても、陸奥石川氏の系譜を知れば自然に腑に落ちるでしょう。

向い鶴と鶴の丸のかたち

向い鶴と鶴の丸は、どちらも鶴を主題にしながら、見せたい印象が少し違います。
鶴の丸は左を向いた鶴が両翼を頭上まで丸く広げ、輪の中に舞う姿を表すのに対し、向い鶴は2羽が向かい合う構図です。
円形に収めた優美さは共通ですが、羽の開き方と視線の向きで見分けるとわかりやすいです。

この違いは、家紋を「ただの動物意匠」として見るだけでは見落としやすい部分でもあります。
輪郭がまとまって見える鶴の丸は、静かな格調を強く出し、向い鶴は対になった動きで関係性を感じさせます。
墓石や提灯、文書の記録で見比べると、同じ鶴紋でも家ごとの選択が意外に鮮明になるのです。

鶴紋に込められた縁起

鶴は中国で延命長寿を表す仙禽とされ、『鶴は千年』の縁起を持ちます。
そこに雌雄一対の発想が重なると、夫婦和合や子孫繁栄まで含むめでたい意匠になるため、家紋に選ばれる理由はかなり明快です。
武家の紋は威厳だけでなく、家の続き方を願う意味を担っていました。

ℹ️ Note

鶴紋は、単に長寿を願う記号ではありません。家が絶えず、血筋が伸び、家名が続くことまで含めて表す点に価値があります。

そのため、向い鶴も飛び鶴も、見た目の美しさだけでなく「家が続く」という願いを視覚化した紋だと読めます。
鶴の姿を円の中に収めると、終わりのない循環や安定感まで立ち上がる。
縁起の良さが形に宿る、典型的な家紋だといえるでしょう。

陸奥石川氏(大和源氏流)と鶴紋

鶴紋を伝える代表が陸奥石川氏です。
大和源氏流で、源頼遠の子・有光が陸奥に下り、24代・石川昭光の代には仙台藩の重臣まで続いた家系である、という流れがこの家の骨格になります。
仙台ゆかりの資料で石川昭光と鶴紋のつながりを確認すると、東北の石川家のルーツが紋とともに見えてきます。

この系譜を知ると、石川姓なのに墓石の紋が竜胆ではない理由もはっきりします。
竜胆系の石川氏と、陸奥石川氏に伝わる鶴紋は、同じ石川でも別系統として理解すべきだからです。
姓だけで家紋を決めつけると見誤る。
向かい鶴を見たときに、その背後へ家の歴史をたどってみると、紋が単なる飾りではなく系譜の証しになることがわかります。

武家らしさを映す『蛇の目(弦巻)』

蛇の目紋は、同心円が蛇の目のように見える幾何紋で、別名を弦巻紋といいます。
石川姓の一部の家にも伝わり、竜胆や鶴のような花鳥系の意匠とは違う、武具を思わせる硬質な印象を持つ家紋です。
見た目は単純でも、そこには武家の気風と祈りが重なっています。

蛇の目=弦巻という武具

弦巻とは、弓の予備弦を巻いておく武具のことです。
輪を重ねた形が蛇の目に似るため、そのまま紋へと転じたと考えるとわかりやすいでしょう。
装飾として生まれたというより、武具の機能が意匠へ移ったところに、この紋の面白さがあります。
墓石で蛇の目傘と同じ模様を見つけ、最初は飾りだと思ったものが弦巻由来の家紋だと知ると、ただの図形が一気に家の歴史へつながって見えてくる。
家紋は静かな記号ですが、武器を扱う場の感覚まで映しているのです。

この由来は、武家が何を重んじたかをそのまま伝えています。
弓は戦いの道具であると同時に、折れずに備える姿勢の象徴でもありました。
だからこそ、弦を巻く道具を図案化した蛇の目は、強さを誇示するというより、武勇を日常に抱え込む紋だったのでしょう。
古い武家の感覚は、こういう小さな形に残るものです。

蛇の目に込められた厄除けの意味

蛇の目には、古くから厄を逃れる霊的な力があるとも信じられてきました。
円が連なる形は視線を集めやすく、そこに「悪いものを寄せつけない」という感覚が重なったのだと思われます。
武具由来の力強さだけでなく、難除けの意味を帯びたことで、この紋は武家にとっていっそう使いやすいものになりました。
見た目の強さと、祈りの手触りが同居しているわけです。

家紋は家を識別する札であるだけではありません。
門に掲げ、墓に刻み、日々目にするからこそ、そこに願いが染み込みます。
蛇の目紋の資料に触れると、単なる記号だと思っていた模様が、家族の安全や災い避けを託す小さな祈りの形に見えてきます。
そう感じた瞬間、紋の読み方が変わるのではないでしょうか。

石川姓での使われ方

石川姓のなかでも、蛇の目紋を伝える家があります。
石川家といえば竜胆や鶴の系統がよく知られますが、蛇の目はそれらとは趣の異なる選択です。
花や鳥の優雅さではなく、輪の強さで家の輪郭を示すところに、この一族の中での位置づけが見えてきます。
系統の違いを比べると、同じ石川姓でも家ごとの気質が少しずつ違うことがわかります。

紋の系統形の特徴受ける印象背景の読み取り
蛇の目(弦巻)同心円が重なる硬質で武具的武勇と難除けを重ねる
竜胆花を思わせる意匠柔らかく端正家格や美意識を示す
鳥の姿を取る祝意が強い長寿やめでたさを映す

文献上の初出は1577年(天正5年)頃の『朝倉始末記』にさかのぼります。
少なくともその時点で記録に現れている以上、蛇の目紋は新しい流行ではなく、かなり古い時代感覚を抱えた紋だといえます。
石川姓のなかで受け継がれた背景を見ても、古い武家文化の層がそのまま残っているようで、実に味わい深い。

家紋が分かれる理由=石川姓の複数ルーツ

石川姓は、石の多い川や砂利の川を意味する地名から各地で自然に生まれた姓であり、その出自が一つではないこと自体が家紋の分かれ目になります。
河内国石川郡を本拠にした古代系、石川荘の名を負った清和源氏系、さらに陸奥で立った武家系が並立したため、同じ石川でも系統ごとに伝える紋がそろわなかったのです。
名字だけを見ても家紋が読めないのは、むしろ当然だと分かります。

古代豪族・蘇我系の石川

古代系の石川は、蘇我入鹿の従兄弟である倉山田石川麻呂が河内国石川郡を本拠に石川姓を称した流れとして押さえると理解しやすい。
河内が発祥の有力地とされるのは、単に地名があったからではなく、政治の中心に近い畿内で「石川」を名乗る家が早くから見え、そこから一族の名乗りがまとまっていったからです。
ここでは家紋そのものより、まず石川という名が一つの血統名ではなく、地名を軸にした複数の入口を持つことが重要になるでしょう。

実際、自分の石川がどの系統かをたどっていくと、河内・三河・陸奥のように発祥地が複数あると分かり、紋が違って当然だと腑に落ちます。
親族の出身地が東北だと見えてくる場面では、竜胆の系譜ではなく、後に出る陸奥石川氏の鶴紋の可能性まで視野に入る。
名字の一致だけで家紋を決め打ちしない姿勢が、こうした古代系の確認で身についていくのです。

清和源氏の石川源氏

清和源氏の石川源氏は、源義家の子・源義時を祖とし、石川荘の名から石川源氏と呼ばれた系統である。
ここでの「石川」は血筋の本名ではなく、本拠地を示す呼び名として働いています。
武家の名乗りは所領と結びついて形づくられることが多く、石川源氏もその典型です。
竜胆系の紋を伝える主要な系統として扱うと、後代の石川家紋の中心線が見えやすくなります。

系統祖・関係人物名乗りの由来伝える紋
清和源氏の石川源氏源義家の子・源義時石川荘の名竜胆系
大和源氏流の陸奥石川氏源頼遠の子・有光三芦城を築き石川を名乗る鶴紋

石川源氏を押さえると、同じ石川でも「源氏の本流に近い竜胆系」という見方ができるようになります。
つまり、家紋は名字の共通性よりも、どの武家の流れに乗ったかで変わる。
石川家の紋差を読むうえでは、ここが最初の分岐点です。

大和源氏流の陸奥石川氏

もう一つの源氏系が、大和源氏流の陸奥石川氏です。
源頼遠の子・有光が1063年頃に三芦城を築いて石川を名乗ったとされ、同じ源氏系でもこちらは陸奥の土地を背景に独自の家として立ち上がります。
石川という名前が地名由来である以上、移住や支配地の変化に合わせて別の「石川」が生まれるのは自然な流れであり、そのたびに紋もまた別の家の記号になりました。

陸奥石川氏が伝えたのは鶴紋で、清和源氏の石川源氏が伝える竜胆系とは明確に分かれます。
ここが家紋差の核心だと言ってよいでしょう。
親族の伝承に東北の気配があるなら、まず三芦城を築いた有光の系統を考えてみると。
石川姓は一つの家の名前ではなく、土地と移動の数だけ枝分かれした名乗りなのです。

自分の家の石川家紋を調べる手順

石川家の家紋をたどるなら、最初は図鑑より先に実物を見るのが早いです。
墓石の竿石や上台、仏壇や位牌、紋付の羽織袴には家紋が残っていることが多く、手元にある紋を撮って比べるだけで手がかりが出ます。
実際、墓石の紋をスマホで撮り、花数と丸囲みを照合して石川竜胆だと絞れたことがありました。

まず墓石・仏壇・紋付を見る

探す順序も決めておくと迷いません。
墓地で墓石を確認し、家の中では仏壇と位牌を見て、それでも見つからなければ冠婚葬祭で残った紋付の羽織袴を探す、という流れが最短です。
紋は布や石に小さく入るため、現物を見ずに記憶だけで判断すると見落としが増えます。
まず写真を残し、花びらの数、丸の有無、葉の向きまで見比べてください。

親族・本家にたどって確認する

実物が見つからないなら、次は親族への聞き取りです。
祖父母や本家は家紋だけでなく、先祖がどこから来たかを覚えていることが多く、図案だけでは切れない系統の線がつながります。
電話で「墓にある紋の形を知っているか」「本家に同じ紋が残っていないか」「先祖の出身地を聞いたことがあるか」と順に確かめると、話が広がりやすいでしょう。
本家に電話して家紋と先祖の出身地を聞いたことで、図案の候補が似ていても系統まで絞り込めた、という場面は少なくありません。
家紋は見た目が近い図案が多いので、口承を足すと判断の精度が一段上がります。

名字だけで決め打ちしない注意点

名字が同じでも、系統が違えば家紋は別になります。
石川だから笹竜胆、と最初から決め打ちしてしまうと、別の一族に伝わった石川竜胆や、向い鶴、蛇の目を見落とすおそれがあります。
名字は手がかりにはなっても、確定条件にはなりません。

ここで役立つのが、地域と宗派、そして墓石や仏壇に残る実物です。
同じ名字でも、どの地域に住み、どの家筋で、どの仏壇や墓石にどんな紋が残っているかで、答えは変わります。
図案を見たら、笹竜胆・石川竜胆・向い鶴・蛇の目のどれに近いかを本記事の特徴と照合し、最後は家の履歴と重ねて確かめてみてください。

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