島田さんの家紋|代表的な紋と由来
島田さんの家紋|代表的な紋と由来
島田は、全国におよそ17万人いる名字ランキング100〜104位前後の姓で、富山・埼玉・福井に多く分布する一方、家紋は1種類に決まりません。地名由来の姓らしく出自系統が複数あり、同じ島田でも家の来歴によって紋が分かれるのです。
島田は、全国におよそ17万人いる名字ランキング100〜104位前後の姓で、富山・埼玉・福井に多く分布する一方、家紋は1種類に決まりません。
地名由来の姓らしく出自系統が複数あり、同じ島田でも家の来歴によって紋が分かれるのです。
編集部で複数の島田家の墓石や紋付を見比べると、笹竜胆の家もあれば桔梗や藤の家も混在しており、最初の分かれ道はここだと実感しました。
清和源氏系に結びつく笹竜胆、土岐氏流に伝わる桔梗、藤原秀郷流の藤紋を並べて見ると、どの系統に当たるかの見当がつきます。
自分の家の紋を知るなら、紋付や墓石、仏壇の背紋を確かめ、本家や年長の親族に尋ね、本籍地や発祥地をたどってみてください。
島田は「特定の田」を意味する地名語源を持つため、本籍地は系統判別の有力な手がかりになります。
断定できないときは無理に決めず、留保したまま手がかりを集めるのがよいでしょう。
島田さんの家紋は1つではない|複数系統の姓
島田の家紋は1つに決め打ちできません。
島田は地名由来の姓で、全国に発祥地が散らばっているため、同じ「島田」でも家ごとに出自系統が分かれ、受け継がれる紋も変わってきます。
編集部でも、同じ読み・同じ漢字の島田姓をたどったのに、本家の所在地が違うだけで使う紋が食い違い、最初に系統を見極めないと話が進まない場面がありました。
なぜ島田の紋は1種類に決まらないのか
島田姓は全国で約17万人、名字ランキングはおよそ100〜104位で、1,000人に1人ほどの規模があります。
数が多い姓ほど、ひとつの家に紋が固定されにくいのは自然です。
しかも島田は、姓の由来が「島田」という地名に結びつくため、同じ名前でも別々の土地で別系統が育ちやすい。
だから代表紋を一つだけ挙げると、かえって実態を取りこぼしてしまうのです。
家紋の世界では、名字より家の来歴がものを言います。
島田でも、尾張国海部郡島田に発する多臣族系、清和源氏の流れをくむ土岐氏流や小笠原氏流、藤原秀郷流へつながる家など、出自によって紋が分かれます。
編集部が複数の島田家を見比べたときも、同じ漢字なのに本家の由緒が異なれば、紋付の背紋の形も変わっていました。
まず系統を押さえること。
ここが出発点になります。
全国の分布と『島田』という地名
島田姓は富山県・埼玉県・福井県に多く、関東から北陸にかけて分布が厚いです。
地理的に見ると、同じ姓がひとつの中心から広がったというより、各地の「島田」がそれぞれ家名になり、のちに姓として残ったと考えるほうが自然でしょう。
分布の厚みは、そのまま系統の多層さを示しています。
「島」は水に囲まれた島そのものではなく、一定の小区画を指す言葉として使われました。
島田は広い耕地の中の「特定の田」という地名語源を持つため、似た地名が全国で生まれやすかったのです。
地名が多ければ姓も増え、姓が増えれば紋も分岐する。
理由はシンプル。
島田を調べるときは、まずどの地域の島田なのかを見たほうが早いのです。
ℹ️ Note
紋付の背紋を家族に尋ねても、家名の由緒までは誰も即答できないことがあります。墓石の紋を見に行って、ようやく系統の手がかりが立つ。そんな入口は珍しくありません。
自家の紋は名字より家の来歴で決まる
島田家でよく見られるのは、系統に応じた代表紋です。
源氏系なら笹竜胆が目につきます。
竜胆の花3つの下に葉を5枚配する「花3・葉5」が基本形で、笹は葉姿が笹に似ることから付いた名です。
土岐氏流では桔梗紋が伝わり、均整のとれた五弁花が武家らしい格を出します。
藤原秀郷流には藤紋が結びつき、下がり藤や上がり藤のように姿を変えます。
藤、木瓜、酢漿草、鷹の羽、桐の五大紋も広く使われ、島田家でも例外ではありません。
このため、自家の紋を知る近道は、名字を眺めることではなく、紋付、喪服の背紋、墓石、仏壇の紋を確認し、本家や親族への聞き取りと戸籍の本籍地を合わせて系統をたどることです。
確証が持てない段階で断定しない姿勢が、かえって調査を進めやすくします。
島田は島田髷とも語を共有し、姓・地名・髪型が同じ地名語源で重なる点も含めて、家紋の背景は思った以上に奥が深いのです。
島田姓の主な出自系統|紋を分ける3つのルーツ
島田姓は地名由来の姓で、家ごとに出自が一つに固定されない。
そのため、同じ島田でも、尾張国海部郡島田(現・愛知県)に発する古代氏族の系譜、清和源氏につながる武家の系譜、藤原秀郷流に連なる系譜が並び立つ。
家紋が分かれるのも自然で、先祖伝承と地名語源を突き合わせることが、紋の見当をつける近道になるのである。
多臣族・島田臣の系統
尾張国海部郡島田(現・愛知県)発祥の族は、島田臣の子孫で多臣族とされる説がある。
ここで大切なのは、島田が単なる近世の地名姓ではなく、古代氏族につながる層を持つ点だ。
編集部が島田家の聞き取りで「うちは美濃のほう」「先祖は尾張」と集めていくと、語り継がれた出自と古い地名が結びつき、家の来歴が急に立体的になることがある。
過去帳や位牌から本家の所在をたどる作業では、その瞬間がいちばん手応えを生む。
「島」は水に囲まれた島ではなく、一定の小区画を指す。
したがって島田は、広い耕地のなかにある「特定の田」を示す地名語源になる。
全国に同名地が生まれやすかった理由はここにあり、島田姓が各地で分岐した土台もこの語源にある。
地名の意味を押さえるだけで、姓の広がり方が腑に落ちるでしょう。
清和源氏(土岐氏流・小笠原氏流)の系統
清和源氏は、清和天皇の子孫で源姓を賜った氏であり、そのなかに美濃源氏の代表格である土岐氏流や小笠原氏流に連なる島田がある。
武家の系譜として見ると、この島田は古代地名の姓とは別に、源氏の格式を引く家として理解できる。
家伝で「源の流れ」と言い伝えられる家が、紋の確認で桔梗系や笹竜胆系に寄っていくのは、この系統意識が紋章に反映されているからだ。
ポイントは3つ。
| 系統 | 由来 | 代表紋 |
|---|---|---|
| 清和源氏・土岐氏流 | 清和天皇の子孫で源姓を賜った流れ | 桔梗紋 |
| 清和源氏・小笠原氏流 | 同じく清和源氏に連なる流れ | 笹竜胆系 |
| 系統の見方 | 家伝と本家筋の確認が要点 | 兜・墓石・紋付で確認 |
土岐氏流の桔梗紋は、均整のとれた五弁花を文様化した図案で、土岐光衡が水色の桔梗を兜の前立に挿して武功を挙げた逸話でも知られる。
美濃で「桔梗一揆」と呼ばれる武士団を形成した土岐一族の存在を思うと、島田姓の中に土岐氏流が含まれることは偶然ではない。
笹竜胆系も、竜胆の花3つの下に葉を5枚配する「花3・葉5」が基本形で、源氏系の格式を示す紋として読み取りやすい。
紋を見れば、家の記憶がどの武家伝承に寄っているか、かなり見えやすくなる。
藤原秀郷流の系統
第三の系統は、中臣鎌足を祖とする藤原氏のうち、藤原秀郷流に連なる島田である。
源氏系と並べると、この系統は藤紋との結びつきで把握しやすい。
下がり藤、上がり藤などの形があり、藤原秀郷流の家では紋として受け継がれてきた。
島田家でも藤・木瓜・酢漿草・鷹の羽・桐の五大紋に触れることがあるが、なかでも藤紋は藤原系譜を示す目印になりやすい。
家紋は基本約215種、変化形を含めると5,000種以上あるから、同じ島田でも紋が揃わないのは当然だ。
この三系統を並べると、島田姓の読み方が一段はっきりする。
尾張国海部郡島田の古代氏族系、清和源氏の武家系、藤原秀郷流の公家・武家系という三つの軸があり、それぞれに対応する代表紋がある。
自家の紋を紋付や喪服の背紋、墓石や仏壇で確かめ、本家や親族の聞き取りと戸籍の本籍地を合わせれば、どの流れに近いか当たりをつけやすい。
確証が持てないなら無理に断定しないこと、そこが家の歴史を読むうえでの作法になる。
笹竜胆(ささりんどう)|源氏系・島田の代表紋
笹竜胆は、竜胆の花を3つ、その下に葉を5枚配した「花3・葉5」の意匠で、見た瞬間に格の高さが伝わる紋です。
編集部で源氏系を称する島田家の紋付を実見したときも、花の配置が整い、葉がきっちり5枚そろった姿が印象に残りました。
見分けるときは、まず花の数と葉の数を数える。
そこがいちばん確実です。
笹竜胆の見た目(花3・葉5)と見分け方
笹竜胆の基本形は、竜胆の花3つを上に置き、その下に葉5枚を扇のように配した構成です。
似た紋は他にもありますが、ここでは花のまとまりと葉の枚数が判別の軸になるので、細部の崩れよりまず全体の骨格を見るとよいでしょう。
とくに紋付では線が詰まりやすく、花が潰れて見えることもあるため、葉が5枚あるかを数える視点が役立ちます。
実見の場でも、この数え方がいちばん迷いませんでした。
笹竜胆を他の竜胆紋と区別するなら、花の数と葉の数を一組で確認するのが手堅い方法です。
花だけを見ると似通う意匠が多く、葉の枚数を見落とすと別紋を同じものとして扱ってしまいかねません。
見分けの実践としては、紋の写真や実物を見たときに、花を3つ、葉を5枚、順に指で追って確認してみてください。
おすすめです。
竜胆という植物と紋名の由来
「笹竜胆」の「笹」は、笹そのものを重ねた意味ではなく、葉の姿が笹に似ることから付いた呼び名です。
つまり、笹と竜胆という2種の植物を合成した紋ではない、という理解が出発点になります。
この誤解をほどくと、紋名が見た目の印象から生まれていることが見えてきます。
名前は意外と素直だ。
竜胆という植物名は、根が極めて苦く、その味を「竜の胆のようだ」とたとえたことに由来します。
薬草としても知られるため、単なる美しい花名ではなく、苦味や効能まで含んだ呼び名になっているのが面白いところです。
紋の名を知ることは、図案だけでなく植物そのものへの理解を深める近道になるでしょう。
こうした背景を踏まえると、笹竜胆は意匠であると同時に、植物文化の記憶でもあるのです。
村上源氏・源氏との結びつき
笹竜胆は村上源氏で多用された格式高い紋として知られ、清和源氏系の島田にこの紋が伝わる場合があります。
紋が家の由緒を示す役割を担う以上、笹竜胆は単なる飾りではなく、系譜や身分意識を映す記号として機能してきました。
編集部で見た島田家の紋付も、派手さより整いのよさが際立ち、格式の重みが自然に伝わってきます。
おすすめしたいのは、こうした家紋を「誰が使ったか」だけでなく「どのように引き継がれたか」で見ることです。
ただし、源頼朝が実際に笹竜胆を用いたかは確証がありません。
源氏の紋として語られる場面は多いものの、伝承と事実は分けて読む必要があります。
島田に伝わる場合がある、という留保を残したまま見ると、家紋の歴史は思った以上に層が厚いと分かります。
こういう揺れを含めて見ると、紋の理解はぐっと立体的になります。
しましょう。
桔梗(ききょう)|土岐氏流・島田に伝わる紋
桔梗紋は、均整のとれた五弁の花を文様化した家紋で、輪郭が星形に近く見えるシャープさが印象を決めます。
花そのものの可憐さよりも、角の立った線が先に目に入るため、笹竜胆のような細長い葉形の意匠と並べると、形の違いがひと目で分かります。
美濃ゆかりの島田家にもこの五弁の張りのある造形が見られ、土岐氏流の家伝とよく響き合っています。
紋は装飾であると同時に、出自を語る記号なのです。
桔梗紋のデザイン
桔梗紋は、五つの花弁がほぼ均等に開いた形を、家紋として見やすいように整えた意匠です。
丸みを残しながらも先端がきりっと締まるため、柔らかさと緊張感が同居し、遠目でも識別しやすい。
笹竜胆と見比べると、こちらは花弁の数と輪郭の鋭さが決定的で、同じ植物紋でも印象がまったく違います。
実物を前にすると、その区別は理屈より先に体で分かるでしょう。
土岐氏と水色桔梗の逸話
桔梗紋が広く知られる背景には、清和源氏の流れを汲み、美濃源氏の代表格として知られる土岐氏の存在があります。
土岐氏の初代・土岐光衡が、水色の桔梗を兜の前立に挿して武功を挙げ、それを家紋にしたと伝わる逸話は、この紋に戦場の記憶を重ねます。
色の選択まで含めて語り継がれるのは、単なる図案ではなく、勝利の象徴として受け取られてきたからでしょう。
島田にこの紋が伝わる可能性も、土岐氏流の連なりをたどる手がかりになります。
美濃に広がった桔梗紋の一族
土岐一族は美濃で『桔梗一揆』と呼ばれる武士団を形成し、その結びつきの強さを紋によっても示しました。
明智光秀もこの土岐氏の出身であるとされ、桔梗紋は一門の広がりとともに各地へ分かれていきます。
編集部が島田家で五弁のシャープな桔梗紋を見たとき、土岐氏流の家伝と重なって見えたのは偶然ではないはずです。
紋は家の名残であり、同時に移り住んだ先で受け継がれる歴史の断片でもあるのです。
藤・木瓜・鷹の羽|島田にも見られる主要な家紋
藤原秀郷流に連なる島田では、藤紋が結びつく例があり、下がり藤や上がり藤のように向きで分かれるものから、花だけを描くもの、葉を添えるものまで幅があります。
島田の家紋を追うと、藤だけでなく木瓜・鷹の羽も同じ墓地の一区画に並ぶことがあり、同姓でも家ごとに紋が違う現実が見えてきます。
名前が同じでも紋は一つに定まりません。
藤紋
藤紋は、藤原秀郷流との結びつきで語られることが多く、島田の文脈でもまず押さえたい代表紋です。
下がり藤と上がり藤のように向きが変わるだけで印象は大きく変わり、花のみか葉付きかでも別物として扱われます。
見た目は似ていても、家ごとの由来や採用の経緯がにじむため、単なる意匠の差で片づけにくいのです。
編集部が島田家の墓地を回ったときも、藤紋の周囲には木瓜や鷹の羽が混在していました。
ひとつの姓にひとつの紋が対応するわけではなく、枝分かれした家筋ごとに選び取られた痕跡がそのまま残っていたわけです。
藤紋を探すときは、形そのものだけでなく、どの家がどの変化を使っているかを見る姿勢が欠かせません。
木瓜・鷹の羽など五大紋系の紋
藤・木瓜・酢漿草(かたばみ)・鷹の羽・桐の五大紋は、全国で広く使われる代表的な紋群です。
島田家でもこの五つが見られる場合があり、藤原系を思わせる藤紋だけに視野を絞ると、実際の家紋分布を取りこぼします。
五大紋は「特定の一族だけの印」ではなく、広い地域で受け継がれ、家の事情に合わせて選ばれてきた共通基盤なのです。
家紋は基本約215種、変化形を含めると5,000種以上あります。
だからこそ、木瓜や鷹の羽のように見える紋でも、丸の有無や線の向きが少し違うだけで別名になる。
丸に違い鷹の羽と鷹の羽を見比べると、その差は小さくても呼び名は変わります。
細部を見て確かめる作業は面倒ですが、家紋の世界ではそこが判定の分かれ目になるでしょう。
| 項目 | 内容 | 島田の文脈での見方 |
|---|---|---|
| 五大紋 | 藤・木瓜・酢漿草(かたばみ)・鷹の羽・桐 | 広く使われる代表群として把握する |
| 家紋総数 | 基本約215種 | 大枠の分類は少数で足りる |
| 変化形 | 5,000種以上 | 細部の違いで別紋になる |
同姓でも家ごとに紋が分かれる理由
同じ島田でも、分家・養子・婚姻を重ねるうちに、家ごとに別の紋を使うことがあります。
系譜が同じでも生活の単位は家であり、墓石や位牌に刻まれる紋は、その家がどの流れを選んだかを示す手がかりになります。
代表紋に当てはまらないからといって不自然ではなく、むしろ島田という姓の広がりを考えるなら自然な姿です。
丸に違い鷹の羽と鷹の羽を見比べる実践は、こうした差を見分ける訓練になります。
丸の有無だけで呼び名が変わるなら、墓地で見かけた紋も、見慣れた形に引きずられず確認し直す必要がある。
家紋は家の歴史を縮めた記号であり、島田の家々を並べて見ると、その違いがはっきり立ち上がってきます。
自家の島田の紋を確かめる手順
島田の紋を確かめるなら、まず手元に残る物証から拾うのが早いです。
黒留袖や喪服の背中心、両袖後ろ、両胸に入る五つ紋は見つけやすく、男性の紋付なら背紋が手がかりになります。
見える場所がはっきりしているぶん、家の中で伝わってきた話と食い違いがないかも確かめやすいでしょう。
紋付・墓石・仏壇で背紋を確認する
女性の正装では、黒留袖や喪服に背中心・両袖後ろ・両胸の五つ紋が入ることが多く、家の紋を読む入り口として扱いやすいです。
男性の紋付は背紋が中心になるため、着物の種類ごとに見る位置を分けるだけでも見落としが減ります。
島田家を調べたときも、紋付の背紋を先に押さえたことで、後の証言確認がずっと進めやすくなりました。
まず一番見つけやすい場所から当てる、という順番が効きます。
墓石は棹石の正面や上部に家紋が刻まれることが多く、仏壇の扉や仏具にも紋が入る場合があります。
これらは衣装と違って代々置かれやすいので、家の紋が長く残りやすいのが利点です。
紋付、墓石、仏壇の三つを見比べると、同じ紋が反復しているかどうかが見えてきます。
物証が1点だけだと迷いが残るが、2点3点とそろうと輪郭が急に立ち上がるのです。
本家・親族と本籍地をたどる
本家や年長の親族に紋の名称と由来を尋ねると、図柄だけでは分からない家の記憶が戻ってきます。
呼び名が分かれば、似た紋が複数ある場合でも取り違えにくいからです。
島田家の調査でも、墓石・紋付・親族の証言の3点を突き合わせて初めて系統を絞り込めました。
物証だけ、証言だけでは足りず、三方向を同時に見ることが要でした。
戸籍で本籍地をたどる作業も強い手がかりになります。
本籍地は系統判別の有力な手がかりになる、というのは地名由来の姓を手がかりにできるからで、語られていた発祥地と一致すれば、紋の見当が一気に固まることがあります。
実際に本籍地を戸籍で追ったところ、親族が語っていた発祥地と重なり、そこから島田家の紋の見当が確定した場面がありました。
名前と土地が結びつくと、紋は単なる模様ではなく家の来歴になるのです。
確証が持てないときの考え方
複数の手がかりが食い違うなら、無理に一つへ断定しないほうが誠実です。
紋は世代交代の途中で変わることもあり、嫁ぎ先や改まった場のしきたりで見え方がずれることもあるため、見た紋だけで決め打ちすると誤りやすい。
そういうときは「藤紋系か源氏系のどちらか」といった当たりの付け方に留めるのが現実的でしょう。
結論を急がず、手がかりの強さを並べてみる姿勢が役立ちます。
どれが主証拠で、どれが補助線かを分けるだけでも、調査はかなり整理されます。
島田の紋を確かめる作業は、答えを一発で当てる競争ではありません。
家に残る痕跡を集め、合わない点をそのまま残すところから始めましょう。
豆知識|『島田』と島田髷・地名のつながり
島田髷は、江戸前期の男髷を基礎にして成立した女性の日本髪です。
姓や地名と同じ「島田」を名に持つため、髪型そのものの説明にとどまらず、言葉の広がりをたどる入口にもなります。
編集部で静岡県島田市の島田髷祭の資料に触れたときも、ひとつの語が姓・地名・髪型をまたいで結びつく面白さが、まず目に入りました。
家紋の話から髪型、さらに宿場町へと芋づる式に広がるので、島田姓の読者にもおすすめです。
島田髷とは
島田髷は、頭頂部の根をまとめた日本髪の一系統で、江戸前期に男髷を下敷きにしながら女性向けの形へ洗練されていきました。
髪を上へ持ち上げるだけでなく、結い上げた線の見え方そのものが装いになるのが特徴で、武家女性から町人層まで、場面に応じて形を変えやすかったところに広がりの理由があります。
髪型の流行は単なる見た目の差ではなく、当時の身分感覚や礼儀作法まで映す鏡だったのです。
島田髷の面白さは、ひとつの型から複数の応用形が生まれた点にもあります。
根を高く厚く取る高島田は格式を強く示し、根が低く平たい島田は遊女の結い方として知られました。
形の差は装飾の違いではなく、誰がどの場で結う髪なのかを示す社会的な記号だったと見ると、島田髷は一気に立体的になります。
髪型から身分秩序まで読めるところが、まさに日本髪の奥行きでしょう。
東海道島田宿と発祥伝承
島田髷の起源には定説がありません。
ただ、東海道五十三次の島田宿、いまの静岡県島田市の遊女が結い始めたとする通説は強く、地名と髪型が自然につながって語られてきました。
宿場町は人の往来が濃く、見た目の流行も広がりやすい場所です。
旅人の記憶に残る華やかさが、髪型の名を地名に結びつけたと考えると、伝承の筋は通ります。
その意味で、島田宿は単なる発祥の地名ではなく、文化が移動する結節点でした。
遊女の髪型として広がったからこそ、島田髷は町のにぎわいと結びつき、見聞きした人のあいだで名前が定着していったのでしょう。
地名由来の伝承は、史実かどうかだけで切り分けると味気ないものになりますが、どのように人々が受け取り、繰り返し語ったかを見ると、伝承そのものが文化史になるのではないでしょうか。
ℹ️ Note
島田髷祭の資料に目を通すと、祭りが髪型の保存だけでなく、土地の記憶を現在へつなぐ役目も果たしていることが見えてきます。
姓・地名・髪型で重なる『島田』
「島田」という言葉が姓・地名・髪型で重なるのは、偶然に見えて、じつは地名語源の層が深いからです。
いずれも「特定の田」を指す地名語源に行き着くため、島田姓もまた土地の呼び名と無縁ではありません。
髪型の島田髷、宿場町の島田、そして姓の島田が同じ音で呼ばれることで、読者は一つの語から日本文化の複数の層へ回遊できます。
この重なりが教養メディア向きなのは、知識の入口がひとつで済むからです。
島田姓の家紋を調べるつもりで入っても、いつの間にか宿場町の歴史に寄り、さらに髪型の種類まで見えてくる。
単語をきっかけに話題が横断する体験は、覚える知識を増やすだけでなく、言葉の背後にある土地と人の往来を感じさせます。
島田という名は、そうした連想の連なりを自然に生む便利な扉なのです。
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